☆★☆  世界一わがままな料理人と
                召喚された異世界の守護者が迎える年末年始  ☆★☆  




俺がこの世界に召喚され、ポップをマスターにしてから約一月が過ぎた頃。
丁度年の暮れを迎え、誰もが新年を迎える為に色々と準備に奔走している姿が町中に見られるようになっていた。
そんな人たちの様子を、ランチが終わりディナーまでの仕込みの合間に店の窓からのんびりと眺めて居た俺は、ふとこの店のテーブルへの配膳をメインに担当している士郎が何やら忙しなく店の中心を移動しているのに気が付いた。

流石に、この店の『キッチン担当』になるにはまだ実力が不足なので無理だが、店に出す料理の素材などの仕入れは、持ち前の魔術の一つである『解析』を上手に利用する事で、ポップの目に適うものを物を仕入れられるようになっていたのである。
その事をポップ本人からも認められ、最近では仕入れも士郎の受け持ちになって居る為、最初は新年営業の為に必要な仕入れの手配をしているのかと考えていたのだが、良く観察してみればどこか微妙に様子が違う。

こちらに来て以来、士郎に対する敵意を持たなくなった俺は、気になるならばまず本人に聞いた方が早いだろうと素早く判断を下すと、それまで動き回って居た士郎が腰を据えるのを見計らって、それまでに用意しておいたティーセットを片手に声を掛ける。

「……一体、何をそんなに忙しそうにしている?」

手にしていたティーセットを士郎の前に置き、目の前で薫り高い紅茶を注いでやりながら静かに問えば、士郎は少しだけ驚いたような表情を見せた後、すぐに破顔する。
俺が差し出したカップを素直に受け取ると、そのまま説明する為に口を開いた。

「ありがとう、アーチャー。
んー、これは新年の一定期間、この店を別の場所で営業する為に必要な調味料なんかの材料リストなんだ。」

手にしていた紙の束を見せながら、小さく首をすくめる。
ランチタイムが終了した後、仕込みの為に一時閉店して人が来ない時間帯だからこそ、のんびりと向かい合って話し合える状況だと思いつつ、俺は士郎の話を即すことにした。

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士郎は俺が用意したお茶を飲みながら、促されるままに俺に事情を説明し始める。

「あ、そっか。
アーチャーはまだ知らなかったんだっけ?
元々、この店のオーナーのポップはこの国の出身じゃなくて、隣の大陸の山間にある小さな村の出身なんだ。
それで、年末年始は毎年実家に里帰りするらしくてさ。
帰った村の食堂を借りて、今までのお礼と料理の腕を落とさないようにって意味から色々と料理してたのが、気が付けばいつの間にかそれが周囲に広まって定番になってしまったので、そのまま短期間の出張営業って事に決まったらしい。
一応、今まではいった先で色々と材料とか調味料を借りていた部分もあったらしいんだけど、年々人が半端じゃなくなってきたらしくてさ。
特に、今年からはアーチャーが『キッチンスタッフ』として料理する側の『戦力』に入るから、例年の倍以上になる覚悟が必要かも知れない分、ある程度の調味料とか保存可能な食材を確保するための試算が必要だろうってポップが判断を下したんだよ。
で、最近の仕入れ担当の俺がそれを受け持ってるって訳。」

そこまで言うと、士郎は喉が渇いたのかお茶を一口飲む。
少し温くなったものの、香りは変わらず素晴らしいそれを堪能しつつ、士郎は再び口を開いた。

「単に調味料を持っていくだけじゃ、それこそこっちから運ぶ荷物が増え過ぎるだけだろ?
それじゃ大変だし、村の方での食材の仕入れ状況とか季節の一番いい食材が何かとか分かってたら、それに合せて作る料理がある程度決められて、持っていく調味料を限定できるだろうって思ってさ。
ほら、あれでポップの作れる料理のレシピって半端じゃないし。
ある程度作る料理が推定出来てたら、新年明けの営業の際に不足しそうな調味料も追加仕入れ出来て助かるだろ?
ポップ本人もそうして良いって言ってくれたから、こうして書き出したレシピに使用する調味料の在庫状況を確認してたって訳さ。」

説明と共に差し出されたのは、地下の貯蔵庫にある調味料や保存食材の在庫リスト。
細かな量まで記載されているそれを見れば、確かに不足しているものを調べるのは難しくないだろう。
ここ数日、士郎の姿を見ない時間帯が存在している事が多いと思えば、地下の貯蔵庫に潜って在庫を調べていたからだったのか。

営業中はちゃんとフロアに居た分、それとなく気になって居た疑問も一緒に解決し、俺はちょっとだけ満足する答えを得た事に無意識に笑みを浮かべていた。



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士郎から事情を聴いたその日のディーナータイム用の仕込みの最中に、マスターであるポップ本人からも年末年始の予定を聞くことが出来た。
彼自身、毎年の恒例行事のような新年の別の場所での短期営業の為に色々と根回しが必要で、王宮やら自分の村の村長へのあいさつを含めてあちこち忙しく動き回っていた為に、俺に言い忘れて居た事に気が付かなかったらしい。
年々客が増えて言った結果、普段の村の宿泊施設が足りなくなって居るらしく、来店者が宿泊可能な場所を確保するのが大変らしい。
山間にある小さな村では、移動魔法を知らない者たちが日帰りで行き来出来るはずもなく、訪ねてくるならば泊りがけを想定するのは当たり前。
しかし、そんな小さな村では宿泊施設が少ないというのも当然の話だ。

そこに、ポップが店を出す新年の短期間だけ人が集中するのでは、下手に村の中に宿泊施設を増やす事も出来なくて、受け入れる村側の方こそ大変なのではないだろうか?

こんな事になったのも、マスターのこの店の絶対ルールとして店主側のポップが客を選ぶという事をしている反動らしいから、ポップ本人はこの状況に対して苦笑するだけだった。
他人から見れば、傲慢に見えるかも知れないポップの営業態度。
だが……元々この店を始める際に『自分の仲間達が気軽に食事を楽しめるように』と考えた結果だと言われてしまえば、俺自身は特に何も言えなかった。
確かに、彼を含めて彼の仲間たちはこの世界においては誰よりも有名な者たちばかりだったから。

『アバンの使途』

この世界を襲った大魔王バーンから世界を救ったと言う勇者のパーティこそが、マスターたるポップの仲間だった。
ポップ自身、最初に私を召還した際に言い切ったように、自他共に認める最強の魔法使いたる『大魔道士』を名乗るほどの実力者だ。
そんなポップが営業していて、客に当時の仲間達が気兼ねなく訪ねてくる店なんてものだと知られていれば、それこそミーハー気分の客が押し掛けてきて大変だろう。
いや、下手をしたら彼らは行く先々で人々に囲まれて、落ち着いた食事をとる事が出来ない事が多いのではないだろうか?
でなければ、わざわざマスターがこんな営業方針を掲げたりはしなかったと思うのだ。

そう……穏やかな空気の中でのんびりと食事が出来る場所を、仲間に提供しようと考えたのでは無ければ。

多分、俺の想像は間違っていないだろう。
だからこそ、あれだけ入店可能な客の選定が厳しいのだろうし、一度でも店内で暴れた者は次からは実力をもって入店拒否をしてのけるのだろうから。
そして、そんなポップの意図を理解しているものもしていないものも、実力をもって排除される可能性があるこの店ではなく、一時的な営業と言う事で入店基準が低くなっている特別営業の方を狙ってくるのだろう。

この店の入店資格を得るよりも、その方がより確実にポップの料理を食べられるのだから。

う〜む、今の俺の考えた通りなら、年々人が増えていくというのも納得がいく。
多分、口コミ情報で徐々に人に伝わった結果だろう。
だとしたら、俺と言う人手が増えて料理の作成時間が短縮されたこの新年は、さらに人が増えると言うだけでは済まないのではないだろうか?
何となくではあるが、俺はその予想が合っている気がしたので、一先ず調味料などの仕入れ試算をしている士郎の元へ、さらに数割増しで試算するように忠告しに行ったのだった。


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そうして、とうとう年の暮れがやってきた。
既に、新年明けにポップの村で営業する為に大晦日(こちらでの言い方が分からないので、こう言う事にした)の営業を早めに終了し次第、村に移動呪文で翔ぶ事は知られていたからだろうか?
普段にも増して、客が大人しい。
極稀に常連客の連れとして潜り込んで来る、ポップの目に敵わずに退店を申し渡されて暴れ出すと言う、質の悪い客の相手も出ていないのだ。

まぁ、ある意味この世で一番恐ろしい人物だと、恐れられているポップが料理長兼店主を勤めるこの店で暴れ、その手を煩わせる等と言う真似をする事の恐ろしさが、客の中に知れ渡っているからだろうが。

とにかく、特に問題が起きる事無く閉店を迎える事が出来たので、士郎と共に少しだけホッと安堵の息を漏らしつつ、店内の後片付けを進めていく。
士郎がフロアから客の使った食器を下げてくるので、それを受け取った俺がそれぞれに分けて洗っていくのである。
食器洗いを俺が受け持っているのは、別に士郎にそれを任せられないからではなく、食器を下げた後のフロア全体の清掃が士郎に割り振られた担当だからだ。
俺と士郎が片付けていく横では、ポップが明後日から営業する為に必要なスープストックなどの仕込みをしていく。
この辺りは、移動した先でも仕込みは可能ではあるものの、予想以上に客が来る事も踏まえた量が必要だと予測出来ている以上、今のうちから仕込みをしておく必要があるのだ。
その為、ポップは村に向かうのは明日の昼近い時間に変更し、今夜のうちに出来るだけの仕込みをしていくつもりらしい。
仕込みだけを済ませ、それを昼過ぎに持参していくだけで明日は仕込みをする必要はない状態にしておくのだ。

そう、村での営業開始予定は明後日からだから、ポップは年明け初日は実家でのんびりするつもりでいたのである。

士郎も俺も、宿はポップの実家の予定だ。
宿の手配が大変な状況で、店員である俺達の分の宿を取るのは気がひけたのだろうが、多分理由はそれだけではない。
実家に泊めるついでに、俺と士郎の二人を紹介するつもりでいるのだろう。

自分の店で働いている店員だ、と。


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新年早々の来訪にも、ポップの両親であるジャンク氏とスティーヌ夫人はにこやかに出迎えてくれた。
既に、実の息子のポップの放浪癖(と言って良いのか判らないが)にいた分、突然の帰省と来客にも慣れたものらしい。
まぁ、それ位の度量の持ち主でなければ、大魔道士であるポップの親や魔族の友人を持ったりなど出来ないのだろうが。
現に、俺が英霊と言う英雄の魂に魔力で器を与えた、使い魔の最高峰たるサーヴァントだと知っても、「……そりゃ、凄いな……」だけで済ませてしまった位だから。

いや……裏を返せば、ポップの親であるのはそれだけ大変な事なのだと、思わざるを得ない。
良く良く考えれば、それも当たり前なのだろう。
何の伝説もない小さな村に、急に現れた世界最高峰の魔法使い。

その親たるには、相応の心の強さを持ち得ていなければ、待っているのは最悪欲に狂った挙げ句の自滅だろうから。

と、言うか、ポップがそれだけの『力』を持って居ながら、心がそれに溺れる事なく普通の人に近いままでいられるのは、幼少の頃の親の教育が良かったからに他ならない。
そう考えれば、彼の両親が心が弱い筈がないのだ。
つらつらとそんな事を考えているうちに、挨拶やら明日のための顔合わせが一通り済み、俺と士郎は割り振られた部屋で持参した荷物を荷をほどいていく。
霊体にもなれる俺には、本来ならば特に部屋など必要がないのだが、現在はマスターたるポップの店で厨房の半分を任されている為、私服やらエプロン等が必要な物となっていて、意外に私物がここに来てから増えているのだ。
それに関しては、士郎も同じらしい。
気が付けば、服やら小物が色々と増えたと言うのである。
中には、ポップ手製のマジックアイテムやらこの世界特有の剣などもある事を、俺は知っていた。
この世界は、俺や士郎のいた世界とは微妙に武器の発達が違うらしく、俺たちが全く知らないタイプの剣があり、それを士郎は様々な手段で手に入れて解析しているのである。
俺と士郎の場合、知っている武器―  主に剣の類  ―を手にしていると、そのまま細部や経験まで解析して僅かな劣化だけで投影が可能になる。
が、士郎はそれだけでは物足りないのだろう。
実際に剣を鍛える術を学ぼうと、色々と考えて居る事も俺は知っていた。
士郎のそういう姿を見る度、俺と全く違う存在になりつつあるのだと安堵しているのだから。

少なくとも、俺が経過していない異世界へ飛ばされたり、その世界で魔法を含めた様々な事を経過し、その上で剣を鍛える事を望んでいる。
この差は、かなり大きな意味を持つのだ。

俺には持ちえなかった、士郎の心の変化と言えるのだから。


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まぁ、士郎がこの世界にいる間にどう変わるかは、これからの楽しみとするとして、だ。
色々と思考している間にあっさりと日を跨ぎ、現時点ではもうすぐ朝日が昇ろうと言う時間帯で。
サーヴァントであるこの身は、特に睡眠を必要としていないので徹夜をしても問題がない所がありがたいと言うべきだろうか?
気を抜くと、つい横に思考がずれてしまいそうになるので、慌てて気を引き締めつつも窓の外を見る。
『エミヤシロウ』ならば、もう起床時間と言って良い時間帯だ。
現に、隣のベッドに眠って居る士郎も目を覚ましかけている。
俺は先に身支度を済ませると、そのまま部屋を出て下の台所へと向かった。
短い間とはいえ、この家に世話になるのだ。
朝食の支度位、手伝うべきだと判断したのである。
多分、同じ事を考えているだろう士郎も、それ程間を置かずにやって来るだろうと考えつつ、俺はそのまま台所に入っていったのだった。

普通の人が起きてくるには、まだかなり早い時間帯だったにもかかわらず、この家の主婦であるスティーヌ夫人は既にキッチンに立って食事の支度を始める為の食材を取り出し始めていた。
流石は、ポップの母親でありジャンクの奥方といった所だろうか?
とにかく、彼女が起きているならば無断借用にならなくて丁度良いだろうと、俺はにっこり笑顔で朝の挨拶をしつつも朝食の準備を申し出る。
彼女にしてみれば、客の立場である俺の申し出に困惑している様子がうかがえたが、俺としては出来るだけこの辺りの地方の食材などに慣れたいのと、この地方の家庭料理を学びたいのだと本音を交えて告げれば、それならばと承諾してくれた。
ついでに、もうすぐ一緒に来ている士郎もやってきて同じ事を申し出るだろう事を伝え、それなりに料理が出来るので手伝わせてやって欲しいと頼めば、ちょっとだけ苦笑を浮かべながら了承してくれる。

実際、士郎はそれ程間を置かずにやって来て、予想通り手伝いを申し出たのだから。

スティーヌ夫人は、中々に料理上手だった。
これならば、ポップの料理の腕前の下地は彼女の地を引いているからだろうと納得がいく程で。
テキパキと料理を教えてくれるスティーヌ夫人に感謝しつつ、俺と士郎は朝食の支度を手伝っていった。

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普通の家庭からすればかなり早い時間の朝食も無事に済み、一般家庭ならばそろそろ朝食の支度をすると言う時間帯に差し掛かって居た。
昨日のうちに顔合わせをした店は、ポップの実家からそれほど離れていない。
それでも、持参した食材や仕込みをした諸々のものを運ぶ手間を考えれば、そろそろ店へ向かう支度をするべきだろう。

普段使っているキッチンとは、勝手が違うのだから。

一応、普段から使っている道具は持参してきた。
店に備え付けのものもそれほど悪くはないのだろうが、俺としてはやはり愛用のモノの方が使い勝手が良いからな。
そんな事を考えているうちに、時間がどんどん過ぎていく。

時計を見ると、煮込み料理の類を作るならばそろそろ微妙な時間になって来ていた。

そろそろ本格的に仕込みに入った方が良いだろう。
大量に作ってきたスープストックは、一気に冷す事で凍らせた塊にして運んできたから、まずは加熱して解凍する必要があるからな。
同時に、野菜など料理に大量に使う材料の皮剥きなど、仕込みをしなくてはならない。
これに関しては、まだフロアの準備が必要ない時間帯から始めるので、士郎も手伝いに刈り出されるのが当たり前だ。
士郎は元々ポップのキッチンにおける問題がなければ、十二分にキッチンスタッフが可能な腕前なので、フロアでも可能な皮剥き等の仕込みを任せても安心していられるのだから、使わない方が間違いだと言えるだろう。
当人もそれを当たり前と受け入れているので、何も揉める必要もないしな。
むしろ自分から進んでジャガイモやニンジンなど、必ず大量に使う事が決まっている野菜を受け取り、手際良く皮を剥いていく士郎。
俺はその様子を視界の端に納めつつ、肉や魚を食べやすいサイズや決まった形にに捌きながら、手隙の合間に剥き終わった野菜たちを料理の用途別に切り分けていく。
ポップはポップで、それぞれのメニューの味の要になるソースを作ったり、煮込み用の仕込みをしていた。
まぁ、大量に作る物は圧力鍋を使う事で煮込み時間を短縮するようにしているので、一先ず一日分は対応が可能だと考えている。
通常ならば、今の仕込み分で三日は持つのだが、来店拒否が少ない分も客数が半端な数ではないと聞いてそう推定したのだ。


******************************

そうして時間とともに開店したのだが……
俺は自分の予想がかなり甘かった事を痛感していた。
自分がここに呼ばれ店を手伝うようになって一月余りしか過ぎて居ないにも拘らず、いつの間にか料理担当が二人に増えた事が世界中に知られているなどと、だれが予想出来ようか。
この新年早々の営業は、元々メニューがない上に固定料理しか出さない事も知られて居るはずなのだが、その分の気軽さからかそれこそ回転直前から長蛇の列を作ると言う事態に陥って居たのだ。
その要因の一つが、料理人としてキッチンに立つ自分の存在だと思えば、多少の諦めもつかない訳ではないのだが、それでも客が多すぎる。
フロア担当には、今回ばかりは助っ人が必要だろうという意見から、この店を貸してくれている店主が従業員を貸してくれたので、何とか客を捌いて食器の上げ下げをしているようなのだが、それでも客よりもこちらの劣勢感は拭えない。

そろそろ、用意してあった料理のストックも底を尽きようとしているのに、いまだに衰える事がない客の数。

客に出す最後の仕上げを担当しているポップの代わりに料理を皿ごとに盛る事で、誰よりもその事実を正確に把握したからこそ、俺は低く唸るしか出来なかった。
初日の料理の最終的な数を決めたのは、ポップと俺の二人。
最初、ポップが提示した数では嫌な予感がした俺が、事前に用意したストックが減る事を覚悟で増量したのだ。
それにも拘らず、そろそろ客に対するには絶望的な分量になっている。

「……くっ
今まで不敗を誇っていたこの身が、まさかここでこんな形で敗北を決するなどとはっっ……」

どう考えても、未だに外で待つ客にまで料理がいきわたる事が無いことが確定した瞬間、俺はつい悔しげにそう漏らしていた。
その呟きを漏らす直前、空になった食器を下げて士郎が戻ってきて居た為、当然それを耳にする事になり……
どうやら、こちらの気持ちは判らなくもないのだが、大仰な物言いをする俺に対して苦笑に近いものを向けてくる。

「……ほら、そうやって幾ら嘆いていても料理を出せる今日の分のストックが無くなった事は変わらないんだろ?
だったら、後どれだけの任ぞううに出せるのか、正確な皿の数と本日営業終了の看板をこっちに出してくれ。
まだ並んでいるお客さんに事情説明するの、俺なんだからな?」

下げてきた皿を食器を洗う流しの中に入れながら、「まだまだ行列は続いてるんだから、早く出せ」とせっついてくる士郎。
本音はこちらの意見に同調したい部分が大きいのだろうが、それでもこれ以上食べられないのに客を並ばせる訳にはいかないと判断しているのだろう。
俺は素早くストックを確認し、残りが五食分だと士郎に告げてやる。
それを聞いた士郎は、用意してあった『本日終了』の看板を片手に外の行列へと向かって行った。


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