☆★☆ 世界一わがままな料理人と
召喚された異世界の守護者 ☆★☆
誰かに召喚される感覚に、かつて聖杯戦争にてアーチャーと呼ばれた「エミヤシロウ」は、小さく溜め息を漏らす。 何者かの召喚なのか、世界による守護者としての召喚なのか、いまいち良く判らないのが呼ばれた以上逆らう事は出来ない。 そうして、抵抗する意思などかけらも持たないまま、「英霊エミヤ」は半強制的な召喚に身を任せた。
召喚による時空の移動の最中、エミヤは僅かに違和感を感じた。 普段、世界による守護者としての召喚の場合、自我のほとんどは無用なものとして封じられる。 しかし、その気配は感じられない。 では、聖杯戦争に再び駆り出されるかと言えば、それも違う。 その場合、聖杯からバックアップとクラスなどの情報が流れ込むのだが、それもなかったのだ。
一体、何がどうなっての召喚なのだろうか?
このような事態を経験するのは余り無く、どう判断すべきなのかいまいち判らない。 ひとまず、召喚に赴いてから最終的にどうすべきなのか判断しよう、とエミヤは考えた。 自分に対する召喚の状況も判らないままでは、己が下した判断に誤りがある可能性もあるから。
そうして、エミヤは召喚先に降り立ち。 安定した魔力を受け取りつつ、その供給元だろう召喚主に目を向けかけ。 ほぼ同時に掛けられた、言葉に思わず目を見開き転びそうになる。
「良く来たな、新たなこの店の料理人よ! 凄腕の料理人たる君がくるのを、俺は待っていた!」
まるで、エミヤが料理を知っているような言葉に、何とか意識を立て直しながら声の主を見る。 そこに居たのは、20代前くらいだろう、黒髪の青年だった。 青年が着ている服装は、中世もしくはどこかのファンタジーの舞台にありそうな物。 癖のある髪に意思の強そうな緑の瞳、さほど日焼けしていない肌にヒョロリとした細身の身体。 その癖、一見飄々として掴み所のない態度に、エミヤは一筋縄では行かない人物だろうと判断する。 「……君が私のマスターか? 召喚されるなり言われた言葉も気になるが、まずはそれで間違いないか確認しておきたい。」 出来る限り冷静な声で問い掛けると、目の前の青年は静かに頷く。
「そうだ、俺がお前を召喚した。 俺の名前は、ポップ。 この世界で、大魔動士と呼ばれてる最強の魔法使いだ。」
口の端を上げつつ楽しげにそう言い切られ、エミヤは自分の召喚主が己の予想通りの人物らしい事に、内心小さな溜息を漏らしていたのだった。
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エミヤが呼ばれた場所は、どうやらどこかの建物の中の倉庫のような場所らしい。 光が差し込まないところを考えると、どこかの地下にある倉庫なのだろうか? そんな事を頭の端で考えているエミヤに向け、目の前の召喚主たるポップは色々と何かを書き出したメモのようなものを取り出して、何かを確認している。 チラリと視界に入ったその文字は、どう見ても通常の世界の言葉ではなかった。
どうやら、冗談などではなくまったくの別世界に召喚されたらしい。
本来ならば、世界からバックアップの為の情報が送られてくるのだが、今回はそれがまったくと言って良い程与えられていない。 多分、こうして普通に思考をめぐらせたり出来る自我と引き換えになったのだと思うのだが、それはそれで状況が全く把握できなくてエミヤを軽い混乱状態にしていた。 一応、会話が成立する分だけマシなのだろうが、それでも不安は幾つも残るのだ。
目の前の召喚主の性格が、どう見ても中々にイイのだと感じてしまったから。
この手の勘に関しては、一度も外した事がないエミヤである。 それはもう、生前に重ねた色々な縁がものを言うと言うべきなのだろうか? 例えば、あかいあくまとかくろい花の名を持つ後輩とか、しろいこあくまとか海外で知り合ったきんのあくまとか。 何故か、それを思い出しただけで目線を遠くに向けて現実逃避をしたくなるのだが、それはさておき。 ほぼ間違いない事に気を重くしつつ、エミヤは主たるポップの言葉を待った。
基本的に、召喚された自分は主たるポップの言葉に従うものだと認識しているから。
待機状態で主たるポップの言葉を待ってエミヤに、色々と確認をしていたポップが確認を終えたのかこちらを見る。 「・・・あぁ、待たせてすまなかったな。 こっちも初めての術式を使用した召喚術だったから、周囲に影響が出てねぇか確認してたんだよ。 さて・・・それじゃ、改めてお前の名前を聞かせてもらえねぇか? これから先の事や、この世界の事を色々と説明するのに、名前も知らないんじゃ話にもならねぇからさ。」 柔らかく笑いながら差し出された手を握り返しつつ、エミヤは口を開いた。
「私の名、か・・・ 英霊としての名は『エミヤ』 呼ばれなれた名は『アーチャー』 在りし日の名は『エミヤシロウ』 そのどれもが、私を示す名だ。 後は、マスターの好きに呼んでくれれば構わない。」
ゆっくりと名乗ったエミヤに、ポップはそれは楽しげに笑い。
「そうか・・・なら、これからはエミヤと呼ばせて貰う。 それと、俺の事はポップでいい。 では、上に上がって色々とこの世界の成り立ちや様々な事を教えてやるよ。」
そう言いながら、上に向かうのだと側にある階段を指し示したのだった。
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どうやら今回のマスターであるらしいポップの後に続き、エミヤが階段を登っていくと、一枚の扉が現れた。 その扉が、外に続く物である物である事は間違いない。
自分が召喚された地下室には、なにやら沢山の品物が貯蔵されていたが、一体ここはどういう場所だったのだろうか?
僅かに疑問を感じていると、まるでそれを察したかの如くポップが答えを教えてくれた。 「エミヤを召喚したここは、俺が営業してる店の地下の貯蔵庫なんだよ。 本当は、それなりに魔術的に整った場所の方が良いかとも思ったんだけど、な。 俺にエミヤを召喚する為の魔法陣を教えてくれた奴が、
『この店の地下には、ポップさんの魔力が蓄積されているので、こっちの方が召喚の成功確率が高いと思う』
って言うんで、この地下で召喚に至ったって訳だ。 因みに、この店は俺が営業してるレストランで、今まで居た地下室に置いてあったのは、様々な国から取り寄せた香辛料の類だし、最初に召喚した際に俺がエミヤに言った台詞は、本気だから。 ま、エミヤの料理の腕に関してはさっき言ってた奴の折り紙付きだし。 ある程度、こっちの香辛料とかの知識が追加されたら、充分メインスタッフとして頼りに出来ると思ってるんで、よろしく頼むぜ?」 こちらの質問に答えつつ、なにやら引っかかる事を言うポップに対し、エミヤは嫌な予感を覚えた。
と言うより、俺を呼び出せる召喚陣を知ってるなど……一体誰だ?
そちらの方が気になると言うのか、出来るなら知りたくないと言うのか。 何ともいい難いモヤモヤとした物を抱えつつ、それでもポップの後に続いて扉を潜り地下室から店の一角であろうキッチンに出たエミヤは、そのままその場で固まった。 ある意味、その反応は当然だろう。
どちらかと言うと手狭な店内を、テキパキと手際よく掃除している赤毛の青年の姿なんてものが視界に入ってしまったんだから。
「……貴様が、この地に私を召喚させる原因を作った張本人か!! 一体、どういうつもりなんだ、『衛宮士郎』!!」
つい、エミヤがマスターであるポップを押し退け、掃除をしている青年の元へと早足で向かい、勢いに任せてその胸倉を掴み上げたとしても、それもまた仕方がないことかもしれない。 だが、それだけの真似をされた青年― 衛宮士郎 ―は、決して怯む様子も見せず、ちょっとだけ困ったようにヘラリと笑みを浮かべ。
「…… Welcome to the world ! 何はともあれ、無事にこの世界にやってこれた事を歓迎するよ、アーチャー。」
はっきりと、エミヤに向けてそう言ったのだった。
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胸倉を掴み上げたまま鋭い視線で睨む俺に、ちょっとだけ困ったような視線を向けていた士郎は、俺のマスターであるポップへと視線を向ける。 「……とにかく落ち着いてくれ。 言いたい事とか訊きたい事とか沢山あると思うけど、一先ずこのままじゃ話せないし。 それに、ポップに今日は臨時休業にして良いのか、確認を取らなきゃいけないだろ?」 どうやら、目の前の相手には俺がこう言う反応をすることが、ある程度わかっていたから落ち着いていられるらしい。
そうでなければ、俺がこれだけ鋭い視線で睨みつけているのに焦らずにいられるはずが無いだろう。
正直言えば納得しがたいものの、確かにやらなくてはいけない事は幾つもあるようだったので、俺は仕方なく掴みあげていた士郎の胸倉を解放する。 草して自由になった士郎は、ポップに改めて視線を向けると承諾を取るべく声を掛けた。
「……こういう事情なんで、今日は臨時休業って事でいいですか? ポップだって、きちんと正確に話を知っておきたいだろ?」
ニッコリと笑みを浮かべて問う士郎に、ちょっとだけ苦笑を浮かべたポップは頷いて同意した。 「……そうだな。 雇い主と使い魔の主として、双方の事情を知っておくことは必要か。 それに、エミヤが知りたいだろうこの世界についても、それなりに話が出来るだろうし。 んじゃ、悪いがそこにある『close』の看板を出してきてくれねぇか、士郎。」 臨時休業を決めると、テキパキと指示を出していくポップに対してちょっとだけ首を竦めると、士郎はすぐに『close』の看板を手に外に出て行く。 直ぐに戻ってきた士郎は、そのままドアに鍵を掛けこちらを向いた。 「言われた通りに看板を掛けて鍵も掛けたけど、このままここで話をするのか?」 どうするのか問う士郎に、クスッと笑みを零したポップはゆっくりと天上を指差し。
「色々と面倒な話になりそうだし、場所を移動するぜ。 あ、移動するのはこっちから行くから、付いて来いよ?」
すたすたと勝手口に歩いていくポップに、慌ててその後を追う士郎。 俺も後をついていく事にしたのだが、今の姿だとそれなりに目立つ可能性を考え、能力の確認を兼ねて意識を自分に向ける。 どうやら、霊体化には問題ない事を確認すると、俺はゆっくりと息を吐いて霊体化してそのまま壁を通り抜けた。 外に出ると、ドアの外でポップと士郎が待っている姿が目に入る。 どうやら、俺がくるのを待っているらしい。
”マスター、私ならばここに居るが”
試しに念波を送って見ると、念波での会話は始めてのポップはちょっとだけ驚いたようにキョロキョロと視線を巡らせる。 霊体化すると視線では捜せないものの、霊ラインの繋がりによって俺の位置を把握したらしいポップは小さく溜息を吐き。 「ま、姿を消せるってのは色々な意味で便利だから良いんだけどよ。 急に姿を消すのは止めてくれ。 確かに、エミヤの格好はこっちじゃ珍しい武装だが、それでも全く無い訳じゃねぇから。」
言外に実体化するように言われたので、マスターの意に従って俺は再び実体化する。 俺が実体になったのを確認すると、ホッとしたように笑みを零し、ポップは俺に手を伸ばした。
「移動魔法を使って一気に目的地に移動するから、手に掴まれよ。」
言われた言葉に素直に頷くと、俺はポップの手を取った。 どんな魔法を使うのか、興味に引かれながら。
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「 移動呪文 ( ルーラ ) 」
その一言で、ポップはエミヤと士郎をつれて一気に城下町らしい居間まで居た場所から、全く違う山の山腹にある洞窟まで移動する。 そこは、どうやら元々あった洞窟を人工的に広げた場所らしかった。 連れてこれら場所の広さは、入り口は人が三人ほど無理なく立てる程度でさほど大きくなかったが、少し奥まった場所にあるドアを潜ると、かなり手を加えられて大きく広げられているのが直ぐに判る。 洞窟とはいっても、それなりにきちんと環境を整えられているそこは、石畳が中心の中世の建物に似た感じを思わせるようなつくりになっていたのだ。
最初に通された場所が、どうやらこの家の居間のような場所らしい。
そこから三つ程ドアがあったが、一つはここで暮らす為に煮焚きをする台所胃へと続く物らしく、実際にポップ自身が家主として招いた形にあったエミヤたちにお、それぞれ好みに合ったものを茶を出してくる。 それを受け取ると、勧められた場所に座りつつエミヤはまずどういう状況があってここに居るのか、士郎に対して質問する事にしたらしい。 それまでの険悪な空気を、極力押さえつつ質問を矢継ぎ早に繰り出していた。
「……ここは、どう見ても我々の住んでいた世界とは違う異世界だな? どうして、この異世界に貴様が居る? この異世界に居るのは貴様だけなのか、衛宮士郎!」
その様子は、何処となく何時ものように余裕が見えなくて、士郎はちょっとだけエミヤが混乱気味なんだろうと当たりを付けつつ、丁寧に質問に答えていく。
「……そう、ここは俺達の住んでいた世界とは全く違う、魔法と剣のが織り成す世界。 そして、この世界に俺が居る理由は……遠坂が行った魔法実験の事故に巻き込まれたから。 ……ここに飛ばされたのは、俺一人だけ。 あの時、ギリギリで俺が他の皆を実験を行っていた場所の結界の外へと弾き飛ばしたから。 実験で飛ばされたのが結界の中に居た俺だけだって事は、ほぼ間違いない。 ……あの時に側にあったもの全部、この地に飛ばされた俺の側にあったから。」
途中から自分がここに来た理由を思い出して、何やら視線を遠くに向けると虚ろな様子を見せる士郎。 その様子は、流石のエミヤも何があったのか深く聞く気になれない程だった。 実際、自分の記憶でも『凛の実験』と言うキーワード程、恐怖を引き出すものは無いと言えるのだ。 わざわざ士郎の事を突付いて、自分のトラウマを引き出すなんて自虐趣味は存在していなかったので、エミヤはそれについては突っ込むのをやめておく。
「なるほど、まぁ……貴様の大体の事情は理解した。 では、どうして私をこの地へと召喚させた? 貴様と私では、水と油のような存在だと理解しているはずだ。 なのに、何故……?」
士郎の事情は納得がいったものの、それでも自分がここへ召喚された理由がいまいち判らない。 つい、首を傾げそうになるのを押さえていると、士郎はサラッと理由を口にした。
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「……少しくらい、殺伐とした理由以外の召喚があっても良いだろうって、そう思ったからだ。 それに、現在の俺の身元引受人であり雇い主でもあるポップなら、充分お前を現界させて維持できるだけの魔力量と、実力もあるし。 まぁ、少々人使いの粗い面もあるけど、それでも普段の召喚に比べたら好きな料理も出来るし、ちょっとしたご褒美のような休暇みたいな物になるかもしれないって、そう思ったから……」
最後の方は、尻すぼみになる様に声が小さくなっていたが、それでも明確に士郎の言葉はエミヤの耳に届いていた。 その言葉に、目の前に居る『衛宮士郎』が、間違いなく自分があの時戦い、『答え』を得るきっかけを与えてくれた相手だと悟って。
気が付けば、なんと言えば良いのか困ってしまって居る自分に、更に戸惑いを覚えていた。
少し前の自分なら、間違いなく目の前の相手に対して殺気を抱き、例えマスターが止めようとそのまま切り掛かっていただろう。 しかし、今の自分には目の前の相手にそこまでの殺意は浮かばない。 もちろん、今の士郎の馬鹿な発言に対して、全く苛立ちを感じないかと問われれば、迷わず『否』と答えるのだが。 それでも……目の前の『衛宮士郎』が自分の事を覚えていた上に、そんな風に思っていたと言う事実に関して言えば、全く悪い気がしないのだ。
例えそれが、『エミヤシロウ』が根底に持つ『誰かを救いたい』などと言うものから発生している物だとしても。
俺が完全に黙ってしまうと、自分がした行為が偽善として取られるものだと理解している士郎が、困惑したように見上げてくる。 「えと……そのさ、抑止の守護者として、救われない戦場を巡っていたお前に同情してって訳じゃないんだ。 あれだけ頑張った人間が、少しくらいご褒美を貰ってもバチが当たらないって俺は思うし。 それに……それに、俺が出来ればお前に『逢いたい』って、逢って成長した俺を見て欲しいって思ったから……」 ボソボソと呟く士郎のその言葉に、エミヤは思わず瞠目した。 少なくとも、自分と士郎はお互いに反目し合うような間柄であって、『逢いたい』等と言われる間柄ではなかったはずだ。
一体、自分が最後に士郎の姿を見た、あの『聖杯戦争』が終了してから、士郎の身に何があったのだと言うのだ?
士郎からの言葉にちょっとだけ困惑しながらエミヤが士郎の顔を見返すと、自分でも口にした言葉の選択が間違っていた事に気が付いたのか、ますます混乱したような表情になり。 「だ、だから、アンタに俺はあんたみたいにならずに日々成長してるんだぞって、知ってもらって安心して欲しかったと言うのか、そう言う選択肢の中で生きている『俺』も居るって知って欲しかったって言うのか。 とにかく、そういう意味もちょっとはあったってくらいで、本来の目的はポップが新しい従業員が欲しがってて、料理が半端じゃなく上手くて尚且つ戦闘力があるってのが条件だったから、いっそアンタを使い魔にしたらいいって思っただけだ。」 ワタワタと慌てながら言い訳のように説明を口にする士郎に、エミヤが何かを言う前にそれまで黙って話を聞いていたポップが噴き出していた。
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「ま、士郎は士郎なりの思惑があってアーチャーを召還する手伝いをしたって事だな。 俺の方は、さっき言ったのが本当にそのままの理由だし。 この店で料理人をするなら、最低ラインで万が一俺から攻撃を受けても回避できる程度の戦闘力が絶対に必要だからな。 そういう意味合いでは、士郎が英霊と呼ばれるほどの存在であるアーチャーの召喚を選択したのは間違いじゃねぇ。 何せ、この地上において俺の攻撃を回避できる程の実力を持ちながら、料理も上手な相手なんて片手ですらあまるほどの人数しかいねぇし。 俺、こう見えても、この地上に存在する魔法使いの中では自他共に認める『最強』なんだよな。」
それは楽しげに笑いながら言うポップに、俺は思わず目を見開いていた。 確かに目の前の主たるポップから尋常ならざる力を感じていたが、そこまでの実力者だとは予想していなかったのだ。 しかし、だ。
どうして彼の店に料理人として勤めるのに、彼の攻撃を回避するだけの実力が必要性があると言うのだろうか?
いまいちその理由がわからない。 それとも、彼が攻撃を繰り出さなくてはならないような状況に、営業していると言う店が頻繁に陥るとでも言うのだろうか? 俺が驚きつつも色々と考え込んでしまっている様子をみて、ポップはますます楽しげに眼を細めるとにっこりと笑みを浮かべてこう言い切った。
「……いや、さ。 どうも料理中の俺って、この地上で起きた世界を巻き込む規模の大戦の際に付いたと思しき、他人が不用意に近寄ってくると攻撃しちまう癖が残っててさ。 まぁ、ある意味無防備に料理している中に襲われないように、意識を分散させて集中するようにした結果なんだけど、一般人からすりゃすげぇ危険だろ? かと言って、俺が無意識に繰り出すだろうさまざまな攻撃を回避しつつ、俺を手伝って料理が出来るほどの武術の実力者なんて、よっぽど探さなきゃまずいねぇ。 その結果、俺がキッチンに立っている場合、俺がいる場所から半径一メートル以内には、一般の料理人は危険すぎて近寄らせる訳にはいかない状況なんだよ。 事実、俺の攻撃を回避できる奴の大半は男で、しかも無骨な戦士系ばっかりだしな。 一部例外で女性もいなくもないが、せいぜい家庭料理の上級レベルまでが限界で、金を取って売り物に出来るほどの料理は無理だ。 唯一の例外は、現在この世界の中にある一国の国王陛下ともなれば、俺が切実に料理が出来て戦闘能力も高いやつを欲しがった理由にも納得がいくだろう?」
笑顔で教えられた内容に、流石に俺もちょっとだけ頭が痛い気持ちになった。 それでも、確かに無用の被害を減らす為に適任者を求めるポップの考えに納得がいく。 同時に、士郎がキッチンスタッフでない理由にも何となく納得がいった。
つまり、未だに最低ラインの対魔力しか持たない士郎では、万が一無意識に魔法で攻撃をかけてしまった時に回避しきれずに怪我を負わせてしまう事を危惧された結果なのだろう。
その点、英霊であり対魔力を上げるアイテムをいくつも所持している俺ならば、なんとでもなる。 なにより、英霊になった時点で常人よりも様々な意味で身体能力が上がっている部分があるのだ。 これならば、例えどんな攻撃を受けたとしても回避するなり耐えるなりの手段があると言って良いだろう。
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自分が召喚された理由に納得した俺は、改めて士郎の言葉の意味を考えた。 確かに、この状況下においての召喚ならば、普段の召喚よりも精神的な負担はかなり軽いものとなるだろう。 あの地獄の中を、ただ一人で「掃除」の為に動き回るのは、単なる物理的、精神的な苦痛以上のものを俺に与えていたから。 その状況に比べれば、それこそ穏やかでのんびりとした世界への召喚だと言えるだろう。
もちろん、正確にこの世界の事を把握した訳ではないから、確実に『そう』だとは言えないのだろうが。
そこで、マスターの指示を受けながら好きな料理を作ると言うのは、確かに悪くないかもしれない。 ここが魔法と剣が並び立ち様々な種族が生きている世界であり、マスターが人の魔法使いの頂点に立つ存在だと言うのならば、それなりに戦闘に関わる可能性はあるだろう。 だが、そうした戦闘にかかわる事に関しては、俺は苦痛に感じないという気がした。
多分、マスターが関わる戦闘に参加する事になるとしたら、それは何かを守る為の戦いになる気がしたから。
「……なるほど、な。 確かに、それでは私のような存在を召還したくなるのも納得出来る状況だと言えるだろう。 そこの未熟者では、その状況下では反応しきれずに怪我を負う可能性もあるし、な。」
そこまで言った所で、俺は一旦マスターから視線を外して士郎の顔を見る。 俺の言い様に、まだ自分が未熟だという自覚はあるものの俺に言われる事だけは納得したくないのか、少しだけ不満げな顔をしていた。 その子供のような士郎の反応に、苛立ちを感じるどころかまるで年下の弟を見ているような気分になった事に気が付き、俺は内心驚いてしまう。
あれほど殺したい存在が目の前に居るのに、それに対しての殺意が湧き上がってくる所か、穏やかで柔らかなそんな思いを抱くなど予想外だったからだ。
ふと、思い返してみれば、この世界に召喚されて初めて士郎の姿を見た時にすら、自分を呼び出したきっかけだと知って驚きはしたものの殺意を抱かなかった。 あまりに驚き過ぎて、つい胸倉を掴み上げてしまこそしたものの、本当に殺意はなかったのだ。 幾らマスターの手前とはいえ、『衛宮士郎』と言う存在を目の前にしてそんな風に居られるなど、自分でも本当に予想外で。
士郎が俺に向けて居る好意と、自身の中で何らかの形で『答えを得た』と言う記録が、変化を齎す結果となったのだろうか?
自分の中で納得が出来る形を見付けた俺は、無意識のうちに笑みを浮かべて頷いていた。 そして、そのまま士郎の頭を軽く撫で。 驚いている士郎の様子を気にする事無く、さらに言葉を重ねた。
「……まぁ、こういう召喚も確かに悪くないな。 これだけ間近に居てもお前に対して殺意が湧かんと言う事は、ここの世界に来た事で何らかの変化がお互いにあったという事だろう。 ならば、同じ世界にこうして協力し合うような生活をするのも悪くあるまい。」
自分が発した言葉で、さらに士郎が驚くことを承知しながら、俺はわざとそう口にしていた。
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事実、俺の中で士郎に対する気持ちの変化が起きた事は間違いないし、何より目の前の士郎の様な経験を自分がしたと言う記録は存在しないはず。 そう考えた時点で、自分があれだけ殺意を抱いていた相手とは違うと認識したのだと考えられる。 先程考えた、『答えを得た』と言う事と相互作用で変化したと考えるなら、それもまた納得がいくものだった。 そして、同時にこうも思う。
この世界に来た事が、目の前の士郎に対してどれだけの影響を与えるのか?
と言う疑問だった。 詳しく聞いた訳ではないが、ここへ飛ばされた理由に凛が目指す『第二魔法』が絡んでいるのならば、ほぼ100パーセントの確率で元の世界へ戻る事は難しいだろう。 基本的に、あれは並行世界へ移動が可能なのは魔法を取得し使用する当事者のみ。 良く勘違いされがちだが、かの『万華鏡』の名を持つ魔法使いゼルレッチが所持する宝石剣ゼルレッチソードは、確かに彼の弟子たる宝石魔術の系譜の者が扱えば並行世界を繋ぐという奇跡をなす事が可能だ。 が、それはあくまで並行世界の観察が可能なだけであり、人が通れるほどの穴を空ける事はまず不可能だ。
つまり、士郎が五体満足な状態でこちらの世界に飛ばされた状況は、あくまで彼女の『うっかり』が関連した暴走事故によるそれこそ奇跡的な事故であり、通常ならば時空の歪みを通過する際に器の方が耐えられず、そのまま肉片と化していた可能性の方が高いのだ。
そんな状況である以上、例え凛が宝石魔術を扱う者の中で才能ある魔術師とは言え、士郎がこちらに来た際の事故と同じ状況を再現できる可能性は殆ど存在せず、出来たとしても五体満足な状態で移動できる可能性はかなり低い。 もし出来たとしても、移動可能なのは彼女のみの可能性が高く、士郎を連れて戻ると言う行動は不可能に近いだろう。 だとすれば、士郎自身が元の世界に戻る事は限りなく不可能に近い。 その事に、士郎自身も気が付いているのだろう。
でなければ、この世界で自立した生活が可能になれるように、この店で働きながら文字等の必要な知識を習得したりはしていない筈だ。
士郎がそれらを習得している事を俺が判ったのは、士郎の服の中に一冊のメモ帳を見付けたからだ。 察しの良いものならば、あのメモ帳が士郎の手で書き止められた今までの成果だとすぐに判るだろう。 そうして、必要な知識を身につける事に対して努力している姿を見れば、士郎自身がこの世界で骨を埋める覚悟を決めたと考えて良い訳で。
ならば……それを見守りつつマスターに仕えるのも悪くないかもしれない。
気が付けば、俺はそんな風に考えていた。 マスターと士郎はそれほど年も変わらない事から、俺がマスターの元に現界している時間と士郎の寿命は特にトラブルがなければ、この穏やかな世界では同等のはず。 だとすれば、この交流から出来たマスターと士郎の縁が切れない限り、俺は二人の事を見守る事も可能なはずだ。 そう考えれば、この世界への召喚は悪くないどころか面白いものになるやもしれない。 頭の中で瞬時にそう判断した俺は、改めて士郎に向きなおり。
「……そういう事だから、な。 状況はどうあれ、同じ店で働く同僚と言う事になる訳だ。 お互い、いつまでここに居られるかはわからんが……ま、よろしくな。」
そう言いながら士郎の軽く頭を撫でた後、マスターたるポップにこの世界に付いて詳しく聞く為に説明を求めたのだった。
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それから数日後……
世界一わがままな料理店に正式に一人の料理人が加わる事になった。 最初の頃は、その容貌等が理由で取っ付きにくいと思われがちだったが。 半月もしないうちにすっかり店の雰囲気に溶け込み、一部からは『おかん』と言われそうな程の世話焼きぶりを発揮するほど、周囲に受け入れられたのだった。
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