☆★☆ 行き着いた先は・・・? < 切嗣 死亡一年前へ落下 > ☆★☆
暴走しそうな『大聖杯』を止める為に、その中に飛び込んで扉を内側に閉めてから、かなりの時間が過ぎた気がする。 もちろん、この中で時間が本当に正常な状態で流れるのか、その辺りが俺には判らないから、実際はどうかは判らないけれど。 それでも、俺からすれば気が遠くなりそうな状況が続いている。 こんな状況も、全く想像しない訳じゃなかったけれど、実際に体験してみると想像とはかなり違う事を思い知らされる気分だ。 こういう時、今までは常にアーチャーが側に居たから、余計にこんな風に憂鬱な気分になるのかも知れないと、心の中でひっそりと思う。 どれだけ、普段の自分がアーチャーの存在に寄り掛かるように依存していたのか、身に詰まされる思いだ。 いや……これは、判りきっていた事じゃないか。
あの時、『大災害』に飲まれた街の中から生き残った時から、俺は常にアーチャーに頼りきりだったのだから。
『今更の事だ』と、自分の中で開き直るように思い直し、俺はこれからどうするかと思案を巡らせた。 何かを考えていることで、何も無いこの場にいる状況をやり過ごす為でもある。 今は、まだ何とか冷静さを保っていられるが、どうかんがえてもこのままでは精神的に消耗が激しくて、それほど長く持たないかもしれない。 長き孤独は、人の精神を狂気で蝕むのだから。
だが……この状況下で、今の俺に何が出来るだろうか?
俺に出来る事と言えば、実はあまり無い。 魔術は『剣』に特化していて、他に出来る事と言えば結界を張る事くらいだ。 一般魔術も、一応ある程度までなら使えなくは無いのだが、あくまで『使える』程度でしかない。 まともに使える『剣』は、本物の能力すら写し取る程の精巧な複製を作り出すもの。 使い方次第では、相応の効果をもたらすのだろうが、残念ながらこの状況下ではどう使うべきなのかが浮かばない。
これは……本気で手詰まりかも知れない。
頭の中で、漠然とそこまで考えた時である。 俺が立っていた足下に、パックリと人一人が軽く通り抜けられる程の、大きな穴が開いたのは。
当然だが、そんな場所に穴が開けば、落ちるのもまた当たり前で。 思わぬそれに、俺は何の反応も出来なかった。 それも、また当然だった。 今までの俺は、何もないこの場に捕らわれているような状況であり、何処にも誰も居ないから思考のみに意識を向けていたのである。 油断していたと言われれば、確かにその通りで返す言葉はない。 と、まぁ……そんな風に考えたのは、僅かに三秒。 素早く意識を切り換えると、落ちていく先についての対応を考えていく。 穴の先を見る限り、僅かに光を帯びているのが窺えたし、何より馴染みのある風の匂いがしているのを感じた。
そう……風に混じる懐かしい、匂い。 馴染み深いそれは、日本独特の大気の匂い、だ。 普通の人なら、多分気が付かないだろう、大気中の湿度や土の僅かな差が、落ちる先が日本だと伝えてくる。
ただし、落ちた先が一体どこなのかは、全く保証はないのだが。
最悪の場合、日本は日本だが過去か未来へ時間軸を移動しているか、俺の居た世界とは違う並行世界の可能性もある訳で。 それを考えると、このまま落ちるのも怖い気もするが、だからといってこの中に留まって居るというのも、間違いなく問題があった。 少なくとも、どこか全く判らないこの時空の狭間と言うべき場に留まるよりも、どこか固定された次元に出た方が良いだろう。
その方が、アーチャーが俺を捜し出し易い筈だから。
俺が思考を巡らせる事が出来たのは、そこまでだった。 何故なら……その直後、見えていた光の先に到達した俺は、そのままその光の中に投げ出されてしまったから、である。
「う、うぎゃぁぁっっ〜〜!!」
思わず、普段ならあり得ないようなのみっともない声を上げてしまったが、まだ出口に到達するなんて思って無かったんだから仕方がないよな。 なんて、言い訳がましい思考が出来たのは、その一瞬だけ。 次の瞬間には、完全に声を無くしていた。
何故なら……眼下に広がっていたのは、懐かしい街並み……いや、馴染みのある屋敷だったのだから。
そう……俺の視界に入ったのは、俺があの空間に捕らわれる少し前まで暮らしていた、衛宮邸だったのだから。
眼下に迫る衛宮邸に、思わず息を飲みながら……俺は、このままでは怪我をすると判断を下し、慌てて魔力を身に纏う。 一応、魔術による重力コントロールも出来なくはないが……あくまでも一応でしかないし。 そんなレベルで無理をするくらいなら、魔力を纏って身体全体を強化する方が良い。 失敗する可能性が、かなり低くなるからな。 そう考えたからこそ、素早く魔術で身体強化をしたんだけど……判断ミスじゃなかった筈だ。 実際に、何とか怪我をする事無く衛宮邸の庭に落ちたし。
なのに……なんで『切嗣』に彼の魔術礼装である銃を突き付けられてるのかな?
そんな風に、現実逃避をしてはみるものの、実際は彼が何故そんな真似をしたのか、その理由だってちゃんと判っていた。 切嗣は、基本的にフリーランスの『魔術使い』で、『魔術師殺し』なんて呼ばれて居た位だから、敵もそれなりに居て当たり前な訳で。 突如、衛宮邸に降ってきた見知らぬ『魔術師』に対して、彼が警戒しない筈がないのだ。
そう考えると、やはり魔術を使ったのは失敗したかもしれない。
だが、先程までの俺が置かれていた状況下では、あれ以外に身の安全を確保する事が出来なかったのだから、仕方がないと言えるだろう。 俺が落ちる羽目になった、この時代があの時点ではっきりしなかった以上、俺が取ったのは当然の対応であり、他人から非難されるいわれはないのだ。 俺が魔術を使ったのは、何度も繰り返して主張させて貰うが、あくまで身を守る為でしかないのだから。
しかし……どう対応すれば、切嗣の警戒を解けるだろうか?
しばらく、無言のにらみ合いが続いた。 もちろん、俺がその間身動きするなんて事は、まず無い。 そりゃ、当たり前だよな。 伊達に、切嗣の養い子をしてないからさ。
切嗣の魔術礼装や、その効果の厄介さは身に染みて判っているんだよね。
俺自身、何度か遠目から見ただけだけど、本気でアレは厄介だと思うし。 とにかく、この状況での最悪な事態を避けるべく、早く思考を巡らせないと。
アーチャーが迎えに来るまで、まだ俺は死ぬ訳にはいかないんだから。
俺は心の中での葛藤を圧し隠し、出来るだけ切嗣を刺激しないように、気を引き締めながら言葉を選ぶ。 下手な事は、絶対に言えない。 少なくとも、こちらに敵意が無い事を伝えないと、本気で死亡フラグになりかねないから、それだけは気を付けながらゆっくりと口を開いた。
「……済まないが、もう少し警戒を解いて貰えないだろうか? 少なくとも、俺は敵意を向けられる理由がいまいち判らないし、こちらから敵対行動を取るつもりはない。 そもそも、この場に落ちて来たのも、半ば防ぎ様のない事故の様なもので、本当に故意じゃないんだ。 魔術師の領域を、訳もなく侵した事は詫びるので、出来ればここがどこなのかを教えて欲しい。 何せ……『万華鏡』のじーさまの仕掛けた罠に引っ掛けられて、ランダムに跳ばされたから、状況が把握しきれてないんだ。」
俺の口から、『万華鏡』の名が出た途端、切嗣の警戒レベルが一つ上がる。 まぁ、ある意味それも仕方がないんだけど……一応、俺の話を聞いてくれる気にはなったらしい。 切嗣の気が変わった事に安堵し、俺はどう説明するべきなのかに頭を悩ませる。 全部嘘では、切嗣には通用するとは思えない。 多分、あっさりとそれを見破られた挙句、速攻で攻撃される可能性があるだろう。
だから、言えない部分を伏せて話すか、実際に過去にあった話を元に説明するか。
多分、その両方を混ぜるべきじゃないかな? 自信がある訳じゃないが、それが正解のような気がする。 まだ、切嗣の信頼を得ていない今の段階では、全部を包み隠さずに話すことは出来ない。 ならば、可能な限り真実を混ぜて話すくらいはするべきだろう。 騙すつもりはなくても、今はまだ黙っている必要がある部分もあるのだ。 ならば、俺に出来る限りの誠意を見せるべきだと、俺は思う訳で。 さて、切嗣の気が変わらないうちに、簡単に説明しますかね。
「こっちの事情、話しても良いかな? 俺は、一応だけど『魔法使い』に縁があってさ。 そのせいで、色々な騒動とかに家族まるまる巻き込まれるんだよね。 今回も、半ば強制的に家族全員参加させられた騒動の中で、ラスボスとの対決の際にかなりヤバい術式が発動仕掛けてさ。 それを止めるには、誰かが術式の基点の上に立って、内側から解除するしかなかったんだ。 でも……その場合、基点で解除した者はどこに飛ばされるか判らなくて。 しかもその時、俺以外には解除可能な魔力がなくて、俺が解除する以外に選択肢がなかったんだ。 『解除しない』って選択肢は、俺たちの中には全く無かった。 だって……そのまま解除しなかったら、解放された術式から放たれたものによって、辺り一体の街を飲み込む大惨事が引き起こされていたから。 そんな訳で、発動直前の術式を解除した俺は、そのまま跳ばされて落下した先がここだったと言う訳さ。」
つらつらと、俺が言葉を連ねてあっさり状況を説明していくと、切嗣は微妙に気配を変化させた。 そこにあるのは、多少の困惑と……半端じゃない程の同情の色。 多分、『魔術使い』としてこの世界に関わり続けている以上、切嗣も知っているんだろう。
『万華鏡』の名を持つ魔法使いに弟子入りした者が、僅かな例外を除いて修行中に『潰される』事を。
故に、俺も『万華鏡』に関わる者として同じ様な運命を辿るのではないかと、そう思ったのかも知れない。 それでも、俺に対する警戒を完全に消さないのは、流石に長年の経験からだろう。 同情を誘うような話をして、油断を誘う者もいるだろうし。 だから、その辺りの態度も腹を立てたりはしない。 屋敷の状態と中から感じる気配、そして本人の健康状態から察するに、目の前の切嗣は『あの最後』を迎えるよりも時間があると思える。
少なくとも半年以上、時間があるかな?
そんな事を考えながら、俺は自分の中の魔術回路を閉ざしていく。 俺が魔術をこの地で使ったのは、あくまでも空中に放り出された為の緊急処置であって、必要ないのに開いたままにするつもりはない。 もちろん、切嗣に対して『敵対するつもりはない』と言うことを示す為でもあるが。
俺の行動に、切嗣は現時点では敵対の意思がないことを察してくれたらしい。 また少しだけ、警戒を緩めてくれた。 その事を嬉しく思いながら、俺は今後のことを考える。 切嗣と争わずに済むなら、この場を立ち去るつもりだった。 確かに、この家は俺にとって大切な場所だけど、この世界にはこの世界の『衛宮士郎』がいるのだから、俺がこの家に留まる訳にはいかないだろう。 この後、切嗣と死に別れる事になる『衛宮士郎』が心配じゃないと言えば嘘になるが、だからといって俺にどうにか出来る問題かと言われたら、正直言って厳しいと思うのだ。
いつまで、俺がこの世界に居るのか、全く分からないのだから。
切嗣に掛けられた呪いを何とか出来れば、多分話は早く済むのだろうが、その為にはある程度の切嗣の信頼が必要な訳で。 今の段階では、俺がそれを望むのは難しいと思う。
なにせ、状況的にどうしても仕方がなかったとはいえ、警戒させるような行動を取ったのはこちらなのだから。
むしろ、あれだけ警戒させてしまった以上、争わずに立ち去らせて貰えるだけでもかなりの行幸だと、俺は思っていたりする。 なので、改めて無断で立ち入った事と無用な警戒をさせた事への詫びを告げ、必要なら敵対する意思がないことを誓約しようとした時である。
それまで母屋の奥で眠って居た筈の、この世界の『士郎』が姿を現したのは。
我ながら、なんてタイミングの悪い。 流石に、ラックのランクが低いだけはあるなんて頭の端で思いながら、俺はどうするべきなのかと悩む。
が、そんな風に悩んでいる時間がないと思い直すまでに、約二秒。 下手に悩む素振りを見せるのは、返って切嗣の警戒心を刺激すると思ったからだ。 現に、士郎の姿が見えた瞬間、それまで緩んでいた切嗣の警戒と殺気が一気に戻り、元の緊張感をかもしだしている。
やはり、もう少し早く話を付けた上で、この場を退去すべきだったかな。
そうは思うものの、今更なのでこの場は仕方がないと諦める事にする。 寧ろ、今俺がこの場で考えるべき事は、『どうやって事を粗立てずに乗り切るか』、だと思い直した。 既に、士郎に姿を見られているから、この場では切嗣と争うなんて真似はしたくない。 と言うより……今気が付いたのだが、士郎から受ける印象は『寝惚けて出てきた』と言ったものではない。 どちらかと言うと、『母屋の奥で何かしていたが、切嗣が戻って来ないので様子を見に来た』といった方が正しい気がする。 何せ、服の上にエプロンをつけているし。
もしかしなくても、まだこの世界ではそれほど遅くない時間に、俺はこの家へ落下したのだろうか?
だとしたら、誰かに目撃された可能性もなくはないし、何よりもかなり派手な音を立てた気がするから、警察などをご近所の人に呼ばれたりしていないだろうかと、不安になってくる。 まぁ、現時点が夜なのは間違いないだろうし、ある程度遅い時間帯になっているのならば、わざわざ夜空を見上げるような状況ではないかもしれない。 何より……この辺りでは星空を見るのにはあまり向かないのである。 だから、その可能性は低いと考えて良いとして、だ。
この世界の【士郎】が【エプロン】を装着しているのはどういう事なのだろうか?
普通、大の大人である切嗣がこの家にいるにも拘らず、士郎があんな格好をしている答えなど……ほぼ考える必要はないだろう。 俺の推測が正しいならば、だ。 そして……どうやらそれは外れではないらしい。
先程から気になっていたのだが、士郎当人が調理中だったとして……ここに来る際にガスなどの火の元はきちんと消してきたのだろうか?
ここに現れた時点で、士郎自身からも料理の最中らしき調味料等の匂いがしていたのだが、ほんの僅かの間に家の奥にある台所付近から何かが焦げているようなにおいが漂ってくるのを感じたのである。 それらの状況を照らし合わせ、導き出された答えを理解した瞬間、俺は切嗣が警戒している事など頭の端から弾き飛ばし、速攻で士郎の方へと足を向けた。 正確に言うならば、現在もガスが点けっ放しの状態になっているだろう台所へと足を向けたのだが、切嗣はそうは取らないだろう。 もちろん、頭の中の冷静な部分でそのあたりは気が付いていたのだが、このまま何もせずに放置する気にはなれなかったのだ。 それこそ……鍋が焦げ付いた程度で収まればいい。 しかし、だ。 最悪な場合だと、そのままそれが失火原因となっての火災へと発展しかねない可能性もある。
切嗣のことだから、多分そのあたりの対策は心配ないとは思いたいのだが、実際に俺が家を引き継いだ際に残っていた結界は、それこそ防犯ベル程度のモノだけだった事を考えると、微妙な気がするし。
もちろん、そんな事を考えているなんて事はおくびにも出さず、切嗣の警戒をモノともせずに士郎の方へとさらに足を進めた俺は、改めて士郎に視線を向けて声を掛ける事にした。 一応、敵意は持っていないけれど、こういう失敗は出来るだけ早いうちに注意して、回避できるようにしておく必要があると判断したからである。
「こんばんは、坊や。 俺の名前は、アレクサンデルと言う。 急にお邪魔したせいで、君のお父さんを借りてしまって済まない。 処で、さっきから気になっていたんだけどね。 奥の方……多分、君の恰好から察するに台所の辺りからかなり焦げた臭いがするんだけど……こっちに来る前に、ちゃんと火は切って来たのかい?」
俺がそう指摘すれば、ハッと気が付いたように台所の方を振り返る士郎。 そして、すぐさま身を翻して台所の方へと走っていく。 あの反応からして、やはりガスの火を消していなかったらしい。 取り敢えず、あの反応からして士郎自身で何とかできるレベルなら放置で大丈夫かもしれないと思いつつ、俺は改めて切嗣の方へと顔を向けた。
「……あの子は、あなたとは血は繋がっていないようだね。 あの子の顔を見ただけで、直ぐに判ったよ。 外見から見ても、あの事あなたは似ていないからね。 それでも……あの子はずいぶんあなたの事を慕っているようだったけど。」
そこで言葉を切ると、俺は切嗣から視線を僅かにずらして奥に消えていった士郎の事を考える。 出来る限り、士郎絡みで切嗣の事を刺激したくはない。 だが、この時期の【衛宮士郎】が精神面で影響を一番受けるのは、間違いなく目の前にいる切嗣である。 ならば、影響を与える超本人にそのあたりをきちんと自覚して貰わないと、それこそ士郎の後々の成長にかなり影響するのだから、遠慮などしている状態じゃないだろう。
事実、亡くなる間際に切嗣が残した言葉が【エミヤシロウ】のその後の人生を決定付けたと言っても、決して過言ではないのだから。
to be continues……?
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