☆★☆ 落ちた先は……!? 衛宮さん家の士郎くん In 幻想水滸伝 ☆★☆ 

扉を閉じ、膨大な力の流れに押し流される内にふと、足元にぽっかりと穴があいた。

「……うぇ?」

いきなりの事に士郎が小さく声を上げた瞬間、そのまま足元に空いた穴の中に士郎の身体は飲み込まれて落ちていく。
その直前、「俺の一人を助けてくれたお礼だ、ま、楽しめ?」という声を聞いた気がしなくもないが、それどころではなくて。
どんどんと落ちていく感覚に、士郎は自分が大聖杯から繋がっていた居た「」への道から別の場所へと飛ばされる事だけは理解した。
だけど、それがどこに繋がるかは全く分からなくて。

「……出来たら、人が生きていける環境が良いなぁ……」

状況的に、自分がこの中から飛ばされる事が回避出来ないのは間違いない。

むしろ、この中にずっといるとそのうち自分の肉体とかなくなりそうだから、それは別に良いとして、だ。
様々な点から考えて自分が生き抜ける環境だと良いなと、まるで他人事のように考える事で現実逃避を行う士郎だった。

そんな事を考えながら落下していった士郎だが、落下していくうちに下の方に白い点が現れた事に気が付く。
しかも、その点は次第に大きくなっている事に気が付いた士郎は、それが多分出口なんだろうなと漠然と思った。
本当に他人ごとに近い思考を巡らせているが、こればかりは状況的に仕方がないと言って良いだろう。
はっきり言って、流される力には全く抗う事が出来ない。
何らかの形で、抵抗出来ない様に拘束されていると言って良い状態なのだ。

自分でどうしようもないのだから、流されて出た先の状況次第で後の事を考えればいいと、半ば諦めに近い感情を抱いているだけだったりする。

そうして、次第に流されていくうちに下の方に出来ていた白い点は既にある程度の大きさの穴となり、そこから白ではなく光が漏れているのだと言う事も判って来た。
「どうやらそろそろ終点だと考えて良いのだろう」と、士郎が思った瞬間、足元近くに広がった光の漏れる白い穴は、問答無用で士郎の身体を飲み込んでいく。

その光に、自分の意識が呑まれるのを感じながら、士郎は落ちた世界が出来るだけ穏便なものだと良いなと漠然と思っていた。

ただ……なんとなく、その願いは叶わないような気がした。
今までの、日常における自分の運のなさから考えても……
そして……やはり士郎のその予感はやはり外れる事はなかった。

意識を失った状態で士郎が落ちた世界は、少なくとも【平穏】とは言い難い世界だったのだから。

何か、とても嫌な匂いがする。
そう……それは何かが焼け落ちた、嫌な匂い。
これを自分は嫌というほど知っているけど、それと違うと良いなと漠然と考えながら意識を浮上させ。
開いた瞳の先にあったのは、文字通り幾つもの焼け爛れた亡骸が無数に転がる凄惨な光景。
どうやら、小さな集落そのものが火事にあって焼け落ちたと思って良いのだろうと思いつつ、側にあった亡骸の状況を見て、士郎は思わず顔をしかめた。
どう見ても、その亡骸には明らか剣による斬られた跡があったからだ。

「……人が暮らせる世界ではあるものの、どうやら穏やかな世界とは程遠そうだな……」

こんな風に焼け落ちたのも何らかの争いがあった結果なんだろうと察し、思わずそう漏らす。
見る限り、生存者はこの場には居ないだろうと頭の端で思った瞬間、ここから少し離れた場所から小さな泣き声の様なものが聞こえて来た。
その声の高さから、多分子供。
何らかの要因から生き延びたのだとしたら、その子供は親や親族を全て無くした可能性もある。

そう思うと、とても放置出来なかった。

どうせ、自分はアーチャーが迎えに来るまではここから帰れないのだ。
それならば、その子供が安全な場所に行くまで助けても良いかも知れない。
そう判断を下すと、士郎は泣き声がする方向へと歩いていった。

できれば、自分の考えるよりもマシな状態であることを祈りながら。


しばらく歩くと、やはり焼け跡の中に小さな少年が蹲る様な姿で泣き暮れていた。
どうやら、この少年が先程から聞こえた泣き声の主であっているらしい。
そう判断すると、士郎はゆっくりと少年へと近付いて行った。
現状は、かなり酷いと言っていいだろう。
どう周囲を探ってみても、生きている気配を感じるのは一つだけ。
何より、焼け落ちた村の中に焼死体と思しきものが幾つか見えて。

そんな惨状の中で一人生き残っただろう、この少年が心に負った傷の深さが一番心配だった。

かつて、自分も同じ状況に追い込まれかけた事があるだけに、士郎にはその深刻さが誰よりもよくわかる。
もしあの時、本当に自分一人しか生き残って居なかったら、間違いなく精神的に深い傷を負って心が欠けてしまっていただろう。
そうならなかったのは、偏にアーチャーが一緒だったからだ。
助かって最初に意識を取り戻した直後、アーチャーから言われた言葉がなければ、まず今の自分は存在していない。

今でも、あの後のアーチャーの言葉が自分をどれだけ救ったのか、それを思うだけで胸が暖かくなる。

だからこそ……目の前の少年の事をこのまま放置すると言うのは、士郎には到底できない選択だった。
元々、こんな状況を放置できる性格ではない。
それに、だ。
どちらにせよ、迎えが来るまで士郎はこの世界にいなければならないのだ。

だったら、自分の精神面で安心できる事もあり、このままこの少年の事を少しでも手助けできるように側にいて何が悪いと思ったのだ。

ひと先ず、家事一般の技術やサバイバル生活に必要な知識は嫌と言うほど所持していたし、それに必要な道具は魔力を使って『投影』すればいい。
幸いと言うべきか、今の士郎は封印をすべて外した状態であるため、普段では考えられないような魔力の余力があったから、生き延びるための糧を得るためにそれらを使用する事にためらいはなかった。
問題があるとすれば、この世界での生活習慣や異能者の存在の確認が現時点では出来ない事だ。
しかし、大気の中に混じる魔力の多さから考えると、『魔術』に近しい何かが存在する事は確実で。
それらに関しては、これから接触する少年からある程度の知識が得られる可能性があるので、一先ず棚上げする事にした。
今の時点では、それよりも優先すべき事があるのだ。

文字などこの世界で暮らすために必要な知識を得る必要はあるだろうが、
それはおいおい習得していけば良いことだったから。

とにかくそう結論付けて、目の前の少年に話を聞く事にした。
ただし、こちらの事情を全部話すつもりはない。
まだ幼い少年に、すべて理解できるとは到底思えなかったし、何よりまだこの世界の取り巻く状況を理解しているわけではないのだから、警戒して当然だった。

「……坊や、大丈夫かい?
ひどい有様だけど、一体何があったんだ?」

そっと、出来るだけ驚かせないように声を掛けると、少年はまだ目に涙をためたままこちらの方を見上げてくる。
泣き腫らしたと思しき目がとても痛々しかったが、見ず知らずでも人に声を掛けられた事がうれしかったのだろう。
僅かにだが、少年の方から悲しみの色が抜けるのを感じた。
もちろん、まったく警戒をしないかと言えばそうではないらしく、じっとこちらの動きを観察してくる。
そんな少年の姿に苦笑しながら、士郎はゆっくりと自分の名前を口にした。

「……俺の名前は士郎。
見ての通り、遠方から来た旅人さ。
ここには、本当に偶然通りかかったんだ。
ここから空に立ち上る煙が、酷く気にかかってね。
でも……こうしてここへ来てよかった。
少なくとも、君の事は助ける事が出来そうだからね。
そうだ、君の名前は?
俺は、君を何て呼んだらいいのかい?」

出来るだけ、柔らかく穏やかな感じを心がけながら問うと、少年はこちらに「害意が無い」と思って安堵したのか、見る見るうちに目に涙をためている。
それでも、問われた事に対して答えようと口を開き、自分の名前を口にした。

「……うぅ……お兄さんは、悪い人じゃないの?
なら、ぼくの名前、教えてあげる。
僕の名前……テッドっていうの。」

涙を浮かべながら、少年が口にした名前を聞いた瞬間、士郎は一体自分がどこの世界に落とされたのか、否応なく悟らざるを得なかった。

【……は、はは……ここ、多分……いや、多分なんてもんじゃない!
見るも無残なこの村の現状や目の前の少年、そして少年の手の甲から感じる莫大な魔力とかから考えても、間違いなくここは『幻想水滸伝』の世界だ……
しかも、原作より300年前……
頼む……誰か嘘だって言ってくれ……】

自分の目の前に涙を浮かべながら立つ、まだ幼いテッド少年をこれ以上怯えさせない為にも、思わず浮かびそうになる乾いた笑みを抑えながら、士郎はこれからどうするべきか思案に暮れていた。


士郎が落ちた世界は、中世時代の文化が混沌と入り交じり、その上で『紋章』という特殊な物が存在しているようだった。
いや、正確には人よりも先に『紋章』が存在し世界を構築していると言うのが正しいらしいのだが。

とにかく、士郎がいた世界とは異なる部分も多々存在するこの世界に、迎えが来るまでは住まなくてはならない事は間違いなかった。

初めて降り立った場所で聞いた鳴き声は、壊滅状態だった村でただ一人生き残った少年のもので。
生き残れた理由が、その右手に宿した『紋章』によるものと、少年自身が体験した不思議な出来事によるものであったと知って、士郎は言い様のないものを感じていた。

嘗ての自分の経験とダブるものが、少年の話にあった為だろうか?

いや……この状況が、己の記憶の中に微妙に心当たりがあったからだ。
正確には、現実世界で実際に起きた事としてではなく、士郎がいた世界にあるゲームの中に描かれた虚構の世界の話として、だ。
というか、『紋章』が世界の中心にあると聞いた時点で、かなり嫌な予感がしていたのだが、件の少年から知っている事と彼自身の名前を聞いた瞬間、それが外れていなかった事を思い知らされた気分である。

そう……ここが自分達にとってRPGゲームとも言うべき『幻想水滸伝』の世界だと。


ここが、『幻想水滸伝』の舞台となった世界だと判明してから、士郎なりに色々と考えていた。

まず、形としては士郎が拾った事になる少年が、あの幻水1の発端となる『ソウルイーター』の継承者である『テッド』だと気が付いた時点で、やるべき事は一つだと思ったのである。

目の前のテッドは、どう見てもまだ十歳前後。
ならば、まだ自分で身の回りのこと――つまり、炊事洗濯といった家事全般は出来ないだろう。
子供だから、ある意味それも当然だと思うものの、今後の事を考えるならばきっちりと教えて置くべきだと、士郎は素早く判断を下した。
こう言う事は、早い内から学んだ方が早く身に付く。
どうせならば、サバイバルを含めて色々と仕込むのも悪くないだろう。
士郎が教えなくても、ウィンディから逃げ回る生活が待っているのならば、経験を重ねる内に何れ身に付く物が多いだろうが、どうせならばきっちりと学ばせておくのも悪くない。
状況的に、まだまだ時間があると思って大丈夫だろう。
いや、むしろこれからテッドが生きる長い年月を考えたら、たっぷり時間を掛けて完璧に教えるのも悪くない。
そんな事を思いながら、士郎は一先ずこれから暫く生活する為に必要な物を揃えつつ、ついでに換金可能なものを手に入れる方法を考え始めたのだった。


本日の戦利品は、弓を使って狩った猪や鳥等と、その際に目に付いた野草の中で解析した上で大丈夫そうなものたちである。
まずは鳥の羽根を綺麗に毟った上で、首を投影した包丁で落として血抜きをし、その合間に猪の皮を剥いだ。
猪の皮は、きっちりなめして売り物に出来るように加工するつもりだったし、鳥の羽根は天日干しにした上で防寒具に細工するつもりだった。
こちらの世界には無いだろうが、ダウンを仕込んだベストは軽くて暖かいから、冬場は随分助かるだろう。
もちろん、長丁場になるとは限らないが、万が一を考えれば備えがある事に越した事はない。
特に、士郎がこの世界に来る事になったきっかけを考えれば、まだ暫くは時間が掛かるはずだ。

少なくとも、アーチャーが回復するまでは。

あの時、俺がアーチャーの足止めの為に取った行動は、アーチャーにかなりの負担になったはず。
数日は寝込むのは間違いないだろう。
そこから回復しても、俺は直接ここに飛ばされた訳じゃないから、アーチャーと僅かに繋がっているラインを辿り軌跡を追うのはかなり厳しい筈だ。
そう考えると、早くても一月はこちらにいる事になるだろう。
肌で感じる寒さと、テッドから聞いた話では、今の季節は秋から冬への変わり目らしい。
ならば、防寒具の用意をするのは当然の選択だった。
幸か不幸か、テッドの暮らしていた村の焼け跡から、洗濯中の服やシーツか数枚と、川の流れで染めを落としている最中の反物が幾つか見付けられたので、それを乾燥させて使わせて貰う事にする。
それらを使えば、一通り衣服を仕上げることは可能だろう。

それに必要な道具は、俺自身の投影能力で再現可能だ。

寒さ対策に、食料用として捉えた鳥の羽根をきれいに洗った後で天日干しにし、それらを作った上着の間にでも詰めたら、十二分に暖をとれるのではないだろうかと思う。
もっとも、その為にはある一定量の鳥を捕らえる必要がある気もするが、どうせ食料はどれだけあっても困る事はないのだから、この際寒くなって獲物が取れなくなる前に沢山取って羽根を干す間に燻製を作ればいい。
それに、俺が頭の中で考えている防寒具は、俺の世界の一般的な『ダウンジャケット』もどきであっても、当然のようにこの世界にはないものだ。
ちゃんとその事を念頭に置いた上で、この世界の防寒具として一般的なマントの下に着て嵩張らないもの……そう、マントさえ着ていれば人目に晒さずに済ませるベストタイプにするつもりでいる。
これなら、マントを身につける事が前提なのだから十二分に暖をとれるし、ジャケットを作るよりは手間が少ない。

勿論、『羽根を毟り取る為に捕まえる鳥の数が減るから』とか言う理由ではないので、そこの所は誤解しないでほしい。

テッドと二人、なんとか集めた使えそうなものをそれぞれ纏め終えたのは、日の暮れも間近な時間だった。
予想以上に時間がかかったのは、昼間のうちに行った狩りで得た獲物を捌いた際に出た、鳥の羽や猪の皮を剥いだものまできちんと種類に分けて処理をしていたからだ。
ひとまず、今日の作業はこれくらいにして、食事を取る必要があるだろう。

俺一人でなく、テッドの手を借りてまで集めたものを纏めていたのにはちゃんと訳がある。

こういう状況下では、いつ夜盗等の襲撃を受けるか判らないからだ。
テッドの話を聞く限り、この村はそれなりに結界による守りを受けていた為にその手のものが侵入する事はなかったらしい。
だからこそ、もしその手の者たちがこの場所の存在に気が付くような事態になった場合、【何か残っていないか】とハイエナの如く寄ってくるだろうし、そうなれば確実に危険に晒される事が予想できた。

隠された村には、何らかのお宝があるものだと彼らは考えるだろうから。

事実、この村には【お宝】と呼べるものがあった。
ただ……封印されていたと言う方が正しい、ある意味厄介な代物だったのだが。
故に、それを継承してしまったテッドの身の安全を考えても、早急にこの場所から移動する必要があったのである。

この村自体は、確かに大半の家屋は焼け落ちてしまった。
まぁ、【真の紋章】を狙っての襲撃なのだから、この結果は仕方がないだろう。
坊ちゃんたちの干渉によって、テッドが一時的にこの世界から隔離された結果、完全に【ソウルイーター】の放つ紋章の波動を見失ったウィンディが、炙り出す目的で村に火を放ったのだろうから。
もっとも、先程も言った通り世界から一時的に隔離されていたテッドは見付からず、諦めて一度引いたというのが正解なのだろう。

だから、村の中には隠れたりする事が出来るような場所は残っていなかった。

寧ろ、村の中に使えるものがそれなりに残っていた事の方が、凄いと言っていいのかもしれない。
状況的に考えると、何も残らずに焼け落ちている可能性の方が高かったのだから、俺がそう考えるのは間違いじゃないはずだ。
まぁ……それが良かったのか悪かったのか、正直どちらなのか判らない。
先程も考えていた事だが、こういう特殊な村が突如出現した場合、何かが隠されているのじゃないかとハイエナのような夜盗や山賊が現れる可能性が高いからだ。
こちらには、まだ幼いテッドがいるのだから、出来るだけ戦闘は避けたいところである。

そう考えながら、あちこちを見回っていたことが功を奏したのは、それこそ暫くしてから。
周囲に注意しながら行動していた結果、ここから少しだけ離れた場所に何とか雨露がしのげそうな、村の中よりも安全な場所を狩りの際に見付けられたので、一先ず荷物を全部持った上でそちらに移動する事にした為のである。
これに関しては、テッドにもちゃんと手伝って貰う事にした。
やはり、最初のうちから自分で出来る事は出来るように教育していく必要があるからさ。

なにせ、俺は何時までここに居られるのか、正直に言って分からないし。


そうそう、出来る事はもちろんだけどサバイバルの知識とともに食料の調達方法をきちんと叩き込んでおかないとな。
生きていくのに、これは何よりも必要な事だ。
確かに……最終手段として人から盗るという術もあるだろう。
だが、それでは駄目なのだ。

出来るだけ目立たないように行動する事が必要なテッドは、誰かに捕まるような真似をさせる訳にはいかない。

だからこそ、ちゃんとした真っ当な方法での食料入手が必要なのである。
特に、テッドは成長期真っ只中で、この時期に栄養が滞ると色々と支障が起きる事もあるから、要注意といった所だろうか。
そう判断した士郎は、纏めた荷物を寝起きが可能な場所へと運ぶと、その中でも簡単に見つけられ無い場所へと隠すように置く。

荷物の安全を確保すると、テッドと一緒に目的の場所へと移動した。
その場所は、跳ばされてすぐにこの辺りの様子を伺った際に、念のためにと簡単な罠を仕掛けた小川。
人に会えなかった時の為の保険として、念のために食料確保用に仕掛けておいたのだ。

おかげで、今回は助かったと言えるだろうか?

まだ、罠に何が掛かっているのか分からない以上、実際には何とも言えないのだが、何も仕掛けていないよりは遥かにマシだろうと士郎は思う。
一応、先程弓矢で狩った獲物もある。
が、今は自分一人だけじゃないのだし、可能な時にある程度の食料の確保はしておきたかった。

魚や肉は、手を加える事で保存食にする事も可能だし。

これから先、こんな風に食料の確保が容易いかと問われれば、難しいと答えざるおえないだろう。
たまたま偶然が重なり、紋章を狙う者からの襲撃を受けて焼け落ちた人里があった近くに出ることが出来た事は、はっきり言って俺にとってはかなり幸運なのだ。

それこそ、いきなり放り出された場所が戦場だったり、人が生きるのに適していない場所だったりする可能性だって、全く無かった訳じゃないのだから。

故に、今出来ることを後回しには出来なかった。
それに、だ。
まだ幼いテッドには酷かも知れないが、狩りなど等の事柄を教えるまたとはないチャンスだろう。
どちらかと言うと、テッドは外を走り回るような身体を動かす事が好きそうだし、丁度良いだろう。
確か、魚は嫌いだった気もしなくはないが、今の状況では贅沢を言って欲しくない。
カルシウムは、丈夫な骨を作るのに沢山いる事だし、この際だから諦めて貰うとしよう。

例え嫌いでも、一応は食べられるようにしておかないと、百五十年の群島諸島の戦いに参加する際に、食生活で困るかもしれないし、な。

そんな事を考えながら、俺は川から仕掛けを引き上げる。
因みに、この仕掛けがしてあったのは昼間に反物を見付けたのとは別の川。
村を挟んで、丁度反対側を流れていた川である。
テッドは、こちら側の川に来るのは初めてだったらしい。
頻りに周囲の様子を窺っている姿が、子供らしくて可愛かった。
俺が川に仕掛けた罠にも興味を持ったらしく、頻りに様子を窺っている。

ふむ、やはりテッドには色々な知識を教え込むのは正解かも知れないな。
確か、ゲームの中で弓の腕は半端じゃないくらい良かったし。
そっちに関しても、この際だから併せて教えておく必要があるかも。
そうなると、テッドの凄腕の弓の才能を見出して磨くきっかけを与えたのは、もしかしなくても俺って事になるのかな?

漠然とそんな事を考えながら、俺は捕れた魚を確認してびくに移しつつ、それが終わったものを再度罠の仕掛けを戻していく。
それらは今夜一晩仕掛けて、また明日の朝に回収するつもりだ。
やはり、夜の方が活発な活動をする魚もいるし、出来るだけ保存食用に回す分の獲物は欲しかったからな。

あれから数年が過ぎた。
小さな子供だったテッドは、様々な知識を吸収しながらすくすくと成長し、随分と常識も持ってくれたので、俺としてはかなり助かるけどな。
こうしてこの世界に暮らし始めてから、俺に一つ変化が現れた。
最初は気付かなかったのだが、数年の月日が否応なく気が付かされたと言っていいのだろう。

それは……俺の身体が全く成長していない事である。

もちろん、そうなる可能性があるだろうと言う事は、漠然とだが予想していた。
ただし、あくまでかなり低い可能性の一つとして予想していただけであり、本当にそんな状態になるとは思っていなかった部分が大きかったから、気が付いた当初は本気で戸惑ったのだ。
しかし、自分が置かれている状況を良く考えれば、『不老で限りなく死に難い』と言う事はそれほど悪い事では無かったので、今では余り考えないようにしている。

やはり、アーチャーが迎えに来てくれた時、一人だけが年を重ねてたら嫌だし。
あー、でも、アーチャーが成長していたとしたら、それなりに考えておく必要があるかもな?

そんな事を漠然と考えながら、俺は日々を重ねていく。
小さなテッドが生きていくには、外見の年齢が問題になる事からどうしても保護者は必要だったし、俺となら歳の離れた兄のフリも可能だったから、追手を撒くために行く先々でテッドと話を合わせ、巧く誤魔化したりしていた。
この辺りの必要性は、テッドを育てるにあたって真っ先に教えておいた事もあり、本人はなんの抵抗もなく受け入れてくれているからかなり楽だと言って良いだろう。

まぁ、今の俺はテッドにとっても『親代わり兼兄代わり』という立場だろうから、あながち嘘をついている訳じゃないし。

それに、だ。
俺という存在が【兄】として存在する事で、追手の目を誤魔化す手段としても役に立っているのだ。
【紋章の継承者】は、紋章さえ手放さなければ不老であるが故に、同じ人物が一緒に居る事は長くない。
まして、兄弟と言う状態でともに居られる時間はそれほど存在しないのだ。

だからこそ、【俺】という存在が奴らにとっての【目晦まし】になるである。

それと同時に、俺はある事をテッドの協力のもとに行っていた。
何をしていたかと言うと、テッドの右手に宿る【ソウルイーター】の一時的な貸し借りである。
どうしてそんな真似をしているかと言うと、簡単にいえばテッドの成長のためだった。
先に述べたように、テッドは俺の知識を吸収しながらすくすくと成長している。

ただし、それはあくまで精神的な面での事であり、肉体面での成長は【真なる紋章の継承者】である事による影響を受けて、全く成長していないのだ。

このまま、テッドの外見が全く成長しないままだと、別の意味で人目を引いてどこにいても長いが出来ない。
それどころか、噂になる事によって追手を呼び寄せる要因にもなりかねないだろう。
俺くらいの年齢になると、成長が止まって童顔の奴もいる訳だから、他人に対して十分誤魔化しが効く。
故に、一年おき位のペースで俺が【ソウルイーター】をテッドから一時的に預かる事で、外見的にもある程度問題がない位まで成長できるように手を打っているのだ。

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テッドと共に旅をするようになって、随分と年月が過ぎた。
外見こそまだ子供なテッドだけど、既に五十歳を越えた良い大人である。
見た目のハンデがない訳じゃないが、その分も相手が油断してくれる事も多く、そこから付け入る隙が作り易い訳で。
いつ、俺に迎えが来るか分からなかった事もあり、可能な限り一人で生きていく術を与えておいたつもりだ。
特に、ウィンディから付け狙われる立場でもある為、追ってくる相手を撒く方法に関しては、徹底的に仕込んだ自負がある。

故に、俺が常にテッドの側にいなくても、一人でやっていける筈だ。

目の前で、声を上げながら涙を流すテッドの頭を、緩慢な動きでなんとか撫でてやりながら、俺はそう思った。
本当は、ちゃんと『大丈夫だ』という事を示した上で、これから暫く一人で過ごさなくてはいけないテッドに、今後の事への注意を含めた様々な言葉を掛けてやりたい。
だけど……今の俺にはそんな余裕はなかった。

何故なら、うっかり入り込んだ『シンダル遺跡』の仕掛けに掛かった挙句、どうみても『瞬きの紋章』の暴走に巻き込まれ、何処かへ強制転送を掛けられそうな状態だからな。

テッドを庇っての事だし、実際にどこに飛ばされるかは不明だけど……まぁ、この世界からは弾き飛ばされる事はないだろう。
ただし、再びテッドに会えるまでには時間が掛かりそうだけど。

俺には、相手を探し出すタイプのアイテムは殆んど無いからなぁ。

もう、僅かにしか残って居ないだろう時間を使い、俺はテッドに『また…いつか絶対に逢いに行くから』と、それだけの言葉を残した。
それが、永遠に近い時をさすらうだろうテッドの希望の一つになることを祈って。


to be continues……?

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