☆★☆ 行き着いた先は・・・?  ☆★☆ 


道場の扉を開きながら、俺は懐に幾つかの結界用の短剣を用意する。
理由は、それこそ至極単純。
俺達が入った道場内に、防音結界を張るためである。
遠坂の使い魔だけじゃなく、耳が良いだろう英霊達への対策も兼ねて、だ。

一通りの確認を済ませ、問題がない状態になったのを確認したか上で俺は口を開く。

「…ま、ここまでしたら大丈夫でしょ。
幾ら何でも、遠坂嬢たちもそこまで無謀じゃないだろうし。」

にっこりと笑いながら言えば、アーチャーは苦虫を潰したような顔になる。
こちらの警戒振りに、思うところがあったんだろう。
だが、仕方がないじゃないか。
この話に関しては、可能な限り知られない方が良いんだから、さ。
下手に知られた時の、遠坂が見せるだろう反応が怖いし、何よりこの世界の『衛宮士郎』との差の大きさが迷いの種になるのだ。

本当ならば、俺もこんな風になれたんだって、思われるのが怖い。

俺は、本当に特殊な例なのだ。
あの時、泥に飲まれた際にアーチャー側に居てくれたお陰で、「」に到達し俺は未熟ながらも『魔法使い』になる事が出来た。
もし、あの時アーチャーが居なかったら、俺は死んで居たかもしれない。
更に、あれほど多くの死を間近に見て、一番不安定だった俺の精神状態を、アーチャーは安定させる言葉をくれた。
あれがあったから、俺はこの世界の士郎ほど、切迫した強迫観念に近いものを持たなくて済んだと言って良いだろう。
そして、切嗣の死を回避したことにより、『エミヤシロウ』にとっての目標となる『正義の味方』に関して、死の間際の切嗣から受け継ぐ等と言う、呪い染みた継承も無くて。

そんな、奇跡のような『エミヤシロウ』は、俺以外に存在しないらしい。
どの平行世界でも、俺のような幾つもの可能性が重なりあって成長した者は、今のところは確認出来て居ないと、俺の『アーチャー』は断言していたし。
まぁ、全ての始まりとも言うべき十年前の『大災害』の状況が変われば、そこに現在の人格構成の基点がある『エミヤシロウ』の人格が変わるのも当然だけど。

まぁ、今はその事について考えるのを一先ず置くとして、だ。
現時点で俺がするべき行動は、アーチャーにとって必要な情報を流すことによって、彼を味方に引き入れる事だろう。
上手く彼を味方に出来れば、遠坂の事も説得しやすくなる。
少なくとも、今夜だけの協力で良いから、手を結んで置きたいと言うのが、俺の本音だ。

だって……この先に待ち受けているイリヤ&バーサーカー戦は、それぞれ単独で当たるのは荷が重すぎるし。

俺の時は、色々な好条件が重なっていたのと、イリヤが簡単な挑発に乗ってくれた事、そしてアーチャーの事を直前まで伏せていた事が効を奏し、双方大きな被害もなく切り抜けられた。
だけど、ここではそれが通用しないだろう。

だって、イリヤの最終的な標的は俺じゃないし。

もちろん、この『聖杯戦争』にマスターとして参加しているのだから、全ての敵を排除する積もりもあるだろうが、それでも様々な意味で狙っているのは間違いなく『衛宮士郎』なのだ。
知らないとはいえ、イリヤから父親である切嗣を奪い取ったのは、間違いなく『衛宮士郎』なのだから、それを理由に彼女から恨まれたとしても仕方がないだろう。

故に、彼女との最初の接触での苦労は、回避しようがないといっていい。

これに関しては、誰にもどうにも出来ない因果関係だから、現段階では諦めるしかないだろう。
もっとも、この先の関係については、努力次第で変化するのは間違いないので、士郎の頑張りに期待するとして、だ。
俺に出来るのは、今夜の戦いの場でいかに士郎を守りつつ、イリヤの気を逸らして退場願うかだと思う。

だって、俺は基本的に後衛だし。

どちらにせよ、今はアーチャーへの説明だよな。
余り待たせると、本気で不味い気がするし。
今の俺なら、アーチャーの攻撃も相殺出来るだろうけど、別の意味で消耗が激しいから余りやりたくない。
なんで、手短でもきちんと要点を押さえて話すとしようか。
そう決めると、俺はゆっくりと口を開いた。

「アーチャーは、多分、俺の存在にかなりの疑念を持っていると思う。
何せ、本来の『第五次聖杯戦争』には、『俺』は存在していなかったからな。
どうせ、話が終わるまでには全部話す事だし、先に答えを言うなら……俺は、並行世界での『エミヤシロウ』可能性の中で、最上かつ奇跡的な存在だよ。
十年前、あの大災害の最中に『座』の呪縛から解放された『エミヤシロウ』の本体によって護られ、被害を広げた『聖杯の泥』に飲まれた際に、焼かれる事なく逆に「」へと到達した、ね。
そう……俺は、俺の世界で現時点で存在する『六人目の魔法使い』なんだ。」

俺の言葉に、あり得ないと言わんばかりの視線を向けるアーチャー。
まぁ、その反応も当然だよな。
アーチャーからすれば、『座』からの解放は『見果てぬ夢』であり、『叶わぬ夢』だったそれが叶ったなんて言われたんだから、信じられないのも仕方がないと思う。
元々、アーチャーが『万に一つ』の可能性として考えていた『自分殺し』だって、半分以上は八つ当たりのようなものだったし。

だからこそ、己の願いである『座』の消滅が叶ったと言われて、反応に困ったのだろう。

気持ちは分かるけど、このままじや話が進まない。
時間が余りない以上、テキパキと話を進めないとな。
少しかわいそうな気もしたが、状況的に仕方がないと諦めて貰うとして、だ。
建設的に話を進めないと、時間切れを起こしてしまうだろうから。
本来なら、混乱中のアーチャーが落ち着くのを待つのだが、今回ばかりはこちらの都合を優先させて貰う事にした。

「まぁ……素直に納得しにくいのは判るけど、一先ず話を進めていいか?
遠坂の性格を踏まえると、余り待たせることも出来ないんだから、話を長引かせるのは良い結果を生むとは思えない。
それに、だ。
俺という『イレギュラー』のお陰で、ランサーまで一緒にいるんだ。
遠坂はもちろんだが、状況に依ってはセイバーがキレかねないだろう?」

簡単に現状を指摘してやれば、一先ず自身の混乱は横に置いて話を聞いてくれる気になったらしい。
それまで見せていた、困惑した表情があっさり元に戻っているから、間違いないだろう。
視線が、『トットとその話をしろ』と訴えているし。

相変わらず、こういう状況で自分の感情を割り切るの、早いよなぁ。
でも、その方がこちらも助かるから、出来るだけ手短に話を進めていく。

「俺の『アーチャー』から聞いた話じゃ、アーチャーはこの『聖杯戦争』でかつての自分である『衛宮士郎』と直接戦ったけど、殺せなくて負けたらしい。
戦いの狭間で、アーチャーは『衛宮士郎』に刺激されて、無くしていたモノを取り戻せたらしい。
その辺りについて、詳しい話をするとかなり長くなるから、知りたいならまた今度な?」

一旦言葉を切ると、アーチャーの顔を見る。
何となく、気になっているみたいだが、こればかりは我慢して欲しい。
当事者じゃない分、どうしても状況説明に手間を取りそうだし。


「……んで、最終決戦まで生き延びた『衛宮士郎』と『遠坂凛』を助けた後、『座』に戻ろうとしたら、戻るべき『座』の消滅と本体に吸収され、落下するのを感知したらしいんだ。
で、次に意識がはっきりした時に立っていたのが、『エミヤシロウ』の根源とも言うべき『大災害』の最中の新都、しかも一番被害が激しかった中心地で。
空に浮かんでいたアレのお陰で、自分の状況を察した『俺のアーチャー』は、とにかく生存者を捜したんだよ。
少しでも、多くの人を助けるために。
そんな時、倒れそうになりながらも被災地を歩く俺を……子供だったその世界の衛宮士郎を見付けたんだ。」

あの時の事を思い出して、俺は思わず言葉を止める。
第三者の様に話すのは、当事者として流石に難しかったからだ。
アーチャーも、それを察してくれたのだろう。
急に言葉を止めた俺を、急かしたりしないで次の言葉を待ってくれている。
そんなアーチャーに感謝しつつ、俺はゆっくりと口を開いた。

「もう、判っているとは思うけど……それが、かつての俺。
アーチャーに助けられ、その後に心を救われた『エミヤシロウ』だよ。
俺自身、良く覚えていないんだけど……アーチャーと合流直後、俺達は『聖杯の泥』に飲み込まれたらしい。
普通なら、そんな目にあったら生きていられないだろうけど……アーチャーが直前に『アイアス』を張ってくれたから死ぬ事もなくて。
結果的に、二人とも「」に到達する事になったんだ。
そのお陰かな、気が付いたら俺は『未覚醒の魔法使い』に、アーチャーは『元英霊の転生者兼俺の魂の対』になっていてさ。
被災地に倒れていた俺達を、助けて病院に連れて行ってくれた後、退院出来る様になったらそのまま引き取ってくれた、切嗣と共に道を誤らない様に気を付けながら鍛えてくれてたんだ。」

懐かし気に目を細めながら告げると、アーチャーは驚いたように目を見開く。
一瞬、何にそれほど驚いているのか迷ったけれど、すぐにその理由に気が付いた。
この世界の切嗣の様に、普通なら士郎を引き取ってそれほど長く生きられないのだろう。

俺達の世界の切嗣は、アーチャーと言う反則的存在が居たから、様々な手段を講じられただけに過ぎない。

それだって、実際には様々な人に協力をして貰うなどかなり手間を取ったし、何よりも大変だった。
にも拘らず……当事者である切嗣が完全に回復するまでに要した時間は、聖杯戦争直前までなんて状態だったし。
まぁ、大本の呪いの基盤となっている部分を考えれば、それだって御の字だといって良いのだろう。
実際に、同じ呪いを受けて切嗣のように助かった者はいないだろうし。

そう考えると、俺だけじゃなく俺達の世界の切嗣もまた『奇跡』的な存在なのかもしれない。

少なくても、他の世界で生き残っている例があるならば、アーチャーはあそこまで反応を見せなかっただろう。
同時に、【エミヤシロウ】にある種の呪縛を帯びた呪いの言葉が残される事もなかった筈だ。
だからこそ、俺は【切嗣が長生きできた世界はない】のだと、逆に確信が出来たのだから。

まぁ……俺がこの世界に車でいたあちらの世界では、【可能な限り被害を最小限に】をモットーにして、俺達の知識と文字通りフルに使いまくり、可能な限り命一杯の事をしたのだから、この結果はある意味当然だけろうど。

俺の言葉に、驚かされてばかりいるアーチャーを見ながら、質問が出ないうちに話を先に続ける事にした。
多分、山程聞きたい事はあるだろうけど、それは後から纏めて答えた方が話が跳ばないし、何よりも楽だったからだ。

「切嗣とは、紆余曲折があったんだけど……俺とアーチャーを受け入れてくれたんだ。
ただ、幾ら問題となる根っこにある部分を取り除いても、切嗣の呪いは簡単には済まなくてさ。
結局、『聖杯の泥』による呪いを発端とした病に倒れた切嗣は、長期の治療を必要として、俺達は日本を一時的に離れたりもしたかな。
イリヤの事とか、色々と問題は残っていたけど、その時その時で出来る最良を選択しながら、俺達は一つの目的の為に頑張っていたんだ。」

懐かしそうに目を細めながら、俺は思わず当時を振り返っていたけど、その辺りを今は詳しく話している場合じゃない。
そう思い直すと、話を戻す事にした。
やっぱり、俺は話が上手くない。
気が付いたら余計な話をして、伝えたい事を上手く伝えられないんだからな。
とにかく、話す内容をもう一度きちんと考えなきゃいけないだろう。

残り時間も、それほど無いみたいだし。

「……俺がここに来る事になった原因は、『聖杯戦争』だよ。
今、この世界で起きているのと、ほぼ同じ。
いや……俺達が色々と好き勝手したから、『エミヤシロウ』が経験したものに比べると、かなり内容は違うと思う。
結果だけ言えば、マスターも英霊もほぼ全員と言っていいくらい、残ってるし。」

少し前まで居た、自分の状況を思い返しながら、思わず顔をしかめてしまう。
それが普通ではない事は、誰よりも自分自身が良く分かっていた。
判っていながら、被害を最小限に抑えるべく動いたんだから、むしろそれは当然の結果である。

自分達がした事とはいえ、実際に考えてみるとかなりの混沌状態だよな、うん。

口に出す事無く自分だけで納得すると、俺は改めてアーチャーへと視線を向けた。
言うべき事は、出来るだけ簡潔にしておくべきなんだけど……一応、俺がここに来た経緯は相応に話しておくべきかもしれない。
もちろん、聞いた側が納得するかどうかなんて保証はないけれど、それでも話さないまま隠しているよりはいいだろう。
そう判断した俺は、内容を半分以上すっ飛ばした上で説明する事にした。

「まぁ……そんなこんなで倒すべき相手だけを倒した所で、『大聖杯』を破壊しにいったんだけど、既に暴走寸前状態でさ。
止めるには、誰かが内側から開き掛けた『大聖杯』を閉ざす必要があって。
それが出来たのは、今回の『小聖杯』だったイリヤか、「」に到達した経験を持つ俺だけだった。
イリヤの場合、閉じれても無事じゃ済まないのは想像がついたから、一度『聖杯の泥』に浸かった事がある俺が実行したのさ。
その結果、時空の狭間に跳ばされた俺はセイバーの召喚に引き込まれ、こうしてこの世界に来ることになった。
…多分、その推察であってると思う。
最後の方は、半分意識がはっきりしてなかったから自信はないけど。」


推測だけど、外れてはいないだろう予測を告げれば、アーチャーはすっかり考える素振りを見せる。
まぁ、当然な反応だと思う。
かなり説明を省いて話しているから、細かな状況の流れがどうなっているのか、たとえアーチャーでも判断が出来ない状態だといって良い。
そんな中で、最後の部分は自分なりの憶測でしかないというのだから、アーチャーが考え込むのも当然の事だった。

いや、うん。
俺だって判っているさ。
もう少し、きちんと話しておいた方が、多分アーチャーを確実に引き込めるだろう。
今のアーチャーは、俺という特殊な存在を前にした事により、【エミヤシロウ】にとって悲願ともいうべき願いに揺らぎが出ている状態なのだから。
だが、他人から話を聞いただけで本当の意味で納得するのかと問われれば、多分アーチャーは違うだろう。

もし……そんなにあっさり考えを変えてくれるなら、絶対にアーチャーは【英霊】なんてものにはなっていなかっただろうから。

今のこの世界の士郎にも、十二分にその片鱗が見えている。
他人の話には耳を傾けるし、性格がどちらかと言うと朴訥な分、他人に対して対応が基本的に柔らかいが、実際は自分でどうするのか行動を決めてしまったら、他問答無用でつき進む傾向にある愚か者。
だからこそ、士郎には【英霊】になれる可能性があるのかもしれない。

努力を重ね、時として人の言葉に耳を貸さず、ただ只管に己の選んだ道を邁進した結果、【英霊】へとなった頑固者なのだから。

話の論点がずれてしまいそうだから、一旦その事に関しての思考を止めて俺はこれからいうべき事へと意識を向けた。
正直、これをアーチャーに向けて俺が言って良い事なのか、迷わない訳じゃない。
だけど、この場で言わなければ話が進まない事もまた事実なので、割り切る事にする。

少なくても、このまま放置して良い内容じゃないからだ。

そんな事を頭の中で考えつつ、俺はアーチャーに向けていた視線を僅かに下に向けた。
流石に、直接アーチャーの事を見ながら言うのは、心苦しかったからだ。
ある意味、その事実はアーチャーの悲願が叶った事を告げる内容ではあるけれど、別の角度から見ればアーチャーの【聖杯戦争】への参加意義を奪うようなものだったから。

「まぁ……大体俺の状況に関しての話はそんなところかな?
幾つか推測でものを話している部分はあるけど、それでも俺にはっきりと断言できる事は幾つかある。
俺の世界の【アーチャー】は、【元英霊】で【座】が急に消えた事で現世の過去へと落とされた、本来【座】に固定されている筈の【本体】だって事。
そして、俺自身が覚醒済みの【魔法使い】だって事の二つかな。」

ここまで口にしたところで言葉を切ったのは、一度に生きるだけの気持ちの踏ん切りが付かなかったから。
それに……頭の回転が速いアーチャーなら、多分ここまで言えば俺の言いたい事は理解してくれていると思う。
寧ろ理解出来ないと思う方が、正直にいえば難しかった。
だからこそ、ここで今までの話をきちんと整理する時間を与える為にも、わざと言葉を切ったのである。

そうしないと、幾ら頭の回転が良いアーチャーでも、俺が与えた情報の中に含まれる重要性を頭の中で完全に整理して完理解出来ないと思ったから。

とはいえ、時間があまり残っているとは思えない。
俺自身、出来るだけ頭の中で素早く思考を巡らせる事に寄って時間を短縮しているが、それでも残り時間はそれほどないだろう。
いや……正確に言うなら、本来なら到底あり得ない状況を目の当たりにしてしまった遠坂達は、このまま俺たちの話が長引いたとしたら、まず素直に終わるまで待っていられないと思うのだ。
故に、本当ならばもっと時間を掛けて話をしたかったけれど、一度この段階でアーチャーに判断を下して欲しかったのである。

だからこそ……俺は、ゆっくりと言い聞かせるような口調でアーチャーに対してある事実を突き付ける。

「そう……もう、アーチャーの願いはかなっているんだ。
だから、さ。
この世界で、アーチャーがこの世界の【衛宮士郎】を殺そうとする必要はないと思う。」

正直、この言葉をアーチャーに聞かせる事によって、どんな結果を引き起こすのかなんて事は、この際二の次だと言って良い。
部外者で、それも当人の言葉以外に確証がないというあやしさ大爆発の俺の言葉を、アーチャーが信じるかどうかなんて判らない事なんだし。
むしろ、俺がアーチャーの立場にあったのなら、信じるのは難しいと思う。

それでも……言うべき事を言った上で、俺はそれを聞いたアーチャーがどう判断を下すのか、答えて欲しかったから。

だって、そうだろう?
【英霊エミヤ】の【分体】でしかないとアーチャーは言うかもしれない。
それでも、アーチャーには自分の意思があって、色々な事を思ったり考えたり出来るのだ。
なら、当然だけどアーチャー自身の考えを持っている筈だろうし。

俺は、幾ら平行世界での同一人物だとしても、実際には当事者じゃない。
だから、当人からすればいい加減んな事しか言えないかもしれないけど、それでもこれだけははっきりと言えることがある。

それは、この世界の【エミヤシロウ】には、まだ無数の可能性が存在しているということだ。

確かに、アーチャーが辿って来た道を、同じ様に辿るかもしれない。
だけど……これからの士郎自身の成長次第では、そうならないかも知れないのだ。
その鍵を握るのは、この【聖杯戦争】だと言って良いだろう。
間違いなく、これから士郎が経験する【聖杯戦争】が、士郎に取って大きな転換期となったのだから。
それが判っているからこそ、俺は可能な限り様々な経験を積ませておきたかったのである。
この世界の士郎は、俺のように小さな頃から経験を積むことは出来なかった。
これに関しては、俺と士郎では根底の部分で幾つもの条件が違っているのだから、ある意味では仕方がないのだろう。
だが、これから士郎が関わる世界では、そんな事は言い訳にしかならない。

何もかも、一般常識が通用しないのが当たり前の世界に、自分の意志で関わる事になるのだから。

理由はどうであれ、関わることを認めた時点で、元の一般人には戻れないし、多分士郎も戻ろうとはしないだろう。
どうせ一般人に戻れないならば、中途半端な状態で放置するべきではない。
アーチャー自身は、敵対する以外で関わりたくはないのだろうが、多分それは無理だと俺は思う。

なんだかんだ言っても、魔術師としてはお人好しな部類に入る遠坂が、未熟過ぎて見ていられない士郎の事を、このまま放置出来る筈がないのだから。

何より、俺というイレギュラーの存在を、偶然とはいえ召還の際にセイバーと共に引き寄せた事も、彼女の立場として放置出来ないだろう。
俺の行動如何によっては、彼女も考えなくてはいけないことが出てくるだろうし。
多分、彼女は俺が大人しくしているとは考えて居ないはずだ。

自分で言うのも何だが、怪しさが半端じゃない存在だろうし。

そんな俺を放置出来るほど、遠坂は状況を甘く見ていないし馬鹿じゃない。
むしろ、もし可能なら俺を取り込むか、それとも何らかの手段を持ち俺を行動不能に追い込むか、どちらかを選ぶ筈である。
一応、俺は事故による漂流者だから、ある程度は考慮してくれるだろうが、こちらが敵対する意思を見せれば、間違いなく容赦しないだろう。
そのあたりは、俺の世界の遠坂と変わらない筈だろうと思いつつも、視線をアーチャーに向けた。


「寧ろ……あの歪んだ内面を鍛え直す方が、殺そうとしたり放置するより余程マシじゃないかな?
俺としては、このまま【こちらの世界】の士郎が己の道を突き進んだ挙げ句、味方に裏切られて処刑なんて状況は御免蒙るね。
大体、それまでに【世界】と契約なんて状況になってたりしたら、それこそ矛盾が生じてどんな状況を引き起こすか判らないし。
そんな状況にならないようにする為にも、あらゆる意味であいつの事を可能な限り鍛え直したいと思っている。
と言うのか、少しでも歪んだ部分を強制して英霊なんてものにならないように教育し直しておきたいし。
もし、俺の意見に同意する意思があるなら……手伝ってくれないか、アーチャー。
あんただって、せっかく叶った筈の願いが無効になるような状況を生みだしたくないだろう?」

駄目押しするように、俺は現時点での目的を口にしてやる。
これに関しては、一切嘘がない俺の本音だ。
口に出して示した事は、実際に引き起こされた時に俺のアーチャーへの影響がかなり不透明な分、絶対的に避けたい事でもある。
なにせ、【エミヤシロウ】の【座】に居た本体が俺のアーチャーなのだから、ここの世界の【衛宮士郎】が【世界】と契約したりしたら、【英霊エミヤ】の【座】と【本体】の扱いがどうなるか判らない。
最悪の場合、【座】から切り離された俺のアーチャーではなく、この世界で新たに【英霊】になった【エミヤシロウ】が【英霊エミヤ】の【本体】として【座】に据えられるなんて状況も引き起こしかねないのだ。
そんな事態になれば、当然だが目の前のアーチャーの改称された筈の【苦しみ】は、再び未来永劫続く事になる。

せっかく、魂が摩耗しかけるほどの苦しみから逃れられた筈のアーチャーを……【エミヤシロウ】を、再び地獄に突き落とすなんて真似を見過ごすなんて事は、俺には絶対に出来ない。

俺のそんな気持ちが判ったのだろう。
それまで、黙ったまま俺の話を聞いていたアーチャーは、何とも言い難い表情を顔に浮かべている。
多分、アーチャー自身も俺と同じような考えに至ったのだ。
アーチャーからすれば、本来ならばあり得ないような奇跡が【座】に据えられた【本体】に起き、結果として自分の願いが別の形で叶った事を知って、心の中では喜んでいたのだろう。
それなのに、もしかしたらそれを無効にされかねない可能性がある事を、直ぐに【願いが叶った】という事を伝えた口から示唆されたのだから、当然かもしれない。

俺がそんな事を告げられたら、間違いなくやさぐれた挙げ句にどんな行動を引き起こすのか、正直に言って自信がない。

そう考えると、こうしてアーチャーが理知的な対応をしてくれているのは、素晴らしい事だと思う。
普通なら、そんな可能性を示唆されたら冷静でいられるかどうか。
寧ろ、冷静な対応が出来る者の方が少ないのかもしれない。

うん。
やっぱりこういうところは、【分体】だろうが【本体】だろうが変わらないのだと、こうして目の当たりにすると思い知るよな。

そんな風に俺が思考を巡らせているなど、多分アーチャーは思いもしないだろう。
だって、それこそ今までの思考だってかなり高速回転の上でのものだから、全部合計しても実際の時間としては僅か数分の事だし。
通常の半分以下の時間で、こんな風に思考を巡らせられるようになったもの、全ては幼少時代からの修行の結果からくるものだけど……やはり、俺は他の【エミヤシロウ】から考えても特異な存在なんだろうなぁ……
漠然とそう考えた時である。
俺の問いに答えるように、アーチャーが口を開いたのは。

「……正直、どこまでお前の話を信じて良いのか、今の俺には判断が難しい。
勿論、全てが嘘だと言うにはお前の存在が特異すぎるのだが……それでも、間違いなくこことは違う【並行世界のエミヤシロウ】だという事だけは、理解できた。
話を聞きながら、お前の事を【解析】してみたのだが……魔術回路の数についてはあり得ないほどに増えていたが、それでも通常ではありえない【エミヤシロウ】特有の魔術回路が構築されていたしな。
だが、それでも私は全てお前の言葉を信じる事が出来ないのだよ。
お前が少なくとも、【エミヤシロウ】としては信じがたいほどに優秀なのは理解出来ている。
【魔法使い】だと言うのも、間違いではないのだろう。
だからこそ……その優秀さゆえに、私を丸めこもうとしている可能性を否定できないのだ。」

苦々しい表情でアーチャーが告げる言葉に、俺は口を挟まない。
確かに、アーチャーが言うような可能性だって否定できないからだ。
寧ろ、俺の言葉を全部鵜呑みにして、素直に何もかも従ってくれるなんて欠片も思っていない。

そんな甘い性格を、アーチャーがしていない事なんて百も承知だし。

だから、俺は先程までのアーチャーのように沈黙を保ったまままっすぐにアーチャーの顔を見た。
先程の言葉を聞く限り、俺に向けた答えには間違いなく続きがあるだろう。
にも拘らず、あそこで一旦言葉を切ったのは、アーチャーの中ではまだその事を切りだすのに躊躇があるから。

なら、俺は焦る必要はない。

確かに時間はないが、アーチャーが決断を下すくらいならまだ大丈夫だろう。
そう思いながら、まっすぐに視線をすらす事無くアーチャーの顔を見る。
少しでも、早い決断を促す事が出来るよう、揺らぐ事無くまっすぐに、だ。

そうして視線を交わす事、約一分。

先に視線をずらしたのは、俺じゃなくアーチャーだった。
多分、この件に関しては俺が譲らない事を理解したのだろう。
他に比べれば異質でも、俺だって立派な【エミヤシロウ】だ。
我を張ったら、絶対に譲らない正確なのは自分自身の事としてよく判っているのだろう。
何より、俺とアーチャーがこうして話し合う為に残されているだろう時間も、それ程ない事も気が付いていたからこその、譲歩。

どちらにせよ、言わなければいけないならば早めに話してしまう方が良い。

そう判断して、アーチャーが折れたのだとしても俺は文句を言うつもりはない。
むしろ、アーチャーが自分の意思を……本音を隠さずに言ってくれるなら、それだけで十分だと思うからだ。
俺がそんな風に思っているなんて、欠片も思っていないだろうアーチャーは、先程言葉を切った続きを口にした。

「故に、お前が【エミヤシロウ】だと言う事に関して同意出来ても、それ以外に関しての話を全て鵜呑みにする事は出来ない。
それこそ、私に【可能性】と言う名の【希望】を持たせておきながら、先程のように突き落とすという可能性もあるからな。
しかし、だ。
全く信じないという訳でもないのだよ。
現に、お前が簡単に掻い摘んで話してくれた中で、私しか知りえない情報も幾つか混じっていたしな。
だからこそ、そうそう簡単に行動を決める事が出来ない。
完全に味方だと信じるのは難しいが、出来る限り敵対したいとは思えないのだよ。
なので、な。
現時点においては、暫定の味方という判断での様子見と言う事で構わないかね?
それで構わないというのならば、今までの話をしてくれた礼に一つくらい協力してやってもいい。」

そう、俺に告げながら向けてくる挑発的な笑みは、それこそ今のアーチャーの心境を示しているんだろう。
言外に、俺へこう告げているのだ。

【俺を納得させるだけのものを、きっちり示してみろ】

と。
それが判るからこそ、俺はニヤリと口の端を上げた。
こんな風にアーチャーが意思表示をしてきた以上、それをやり遂げてアーチャーを完全にこちら側に引き込めなきゃここまで俺が話した意味がない。
それに、だ。
俺からすれば、割と有利な条件を出してくれたアーチャーをここで納得させられないなら、他の英霊たちを説得するのも難しいという事になる。
バーサーカーやキャスターを味方側に引き込めたのは、単純に説得できたからだけじゃない。
そう、俺がここに来る直前まで経験していた【聖杯戦争】の時は、俺たちが仲間を増やしたり突飛な行動をとる度に、アーチャーの宝具で変化を確認しつつフォローを入れていたのだ。
だからこそ、最小限の被害を出すだけで大筋の流れからの逸脱が可能だったと言って良いだろう。

しかし、今回はその手は一切使えない。

どんなに状況が変化しても、今の俺にはそれを確認するすべがないのだ。
この世界に召喚されたアーチャーには、【俺のアーチャー】のような宝具は存在していないのだから、当然だろう。
大体、だ。
そんなものを、この世界のアーチャーが持っているのならば、最初から俺の存在がどれだけ大変なイレギュラーなのか察していただろうし、何より俺の言葉を直ぐに信用してくれただろう。

あの能力があれば、俺の世界での【聖杯戦争】の結果も知る事が出来ていただろうから。

最も……あの宝具は、【英霊の座】が消失して地上に降りて人となった【俺のアーチャー】だからこそ、持ちえた能力だ。
散々苦心して、様々な手を施した結果として派生したものだから、そう易々と持っている奴がいたらかなり困る。
むしろ、そんな事はあの当時の【アーチャー】の様子を知る者として、許せないのだ。

あの当時の【アーチャー】の苦しみは、相当なものだった筈だから。

……あー、思考の論点がずれてる。
どうも、【アーチャー】が関わる事になると、冷静に判断が下せない部分があるな。
多分、これも急にラインの大半を切った影響かもしれない。
精神の深い処を含め、今まで繋がっていたものの殆どを喪失してしまったが故に、微妙に精神や思考が不安定なのだろう。

魔力制御などに関しては、一応俺自身が身に着けている【護符】の効果もあるから心配していないけど、精神的な不安定さからくる揺らぎのせいで変な事を口走らなきゃいいんだけど。

ま、それは現時点で考えても仕方がないよな。
今の俺の目の前には、優先するべき事が山積しているし。
と言う訳で、だ。

せっかくアーチャーが協力してくれるって言ってるんだから、この際遠慮なく協力して貰うとしようか。

単独でも、一応これから行う事は何とか出来ない訳じゃない。
ないのだけれど、それでもやはりランサー程の実力者になると、俺単独で失敗した時の対応が大変だし。
それ位なら、最初から保険としてアーチャーに手伝って貰った方がよほど効率的だ。
大体、だ。
こういう事には、出来るだけ優秀な協力者が居た方が、こちらの行動にも幅が広がってくるのである。

それが判っている以上、俺にはアーチャーの申し出はかなりありがたかったのだ。

もちろん、この事を遠坂がこの話を知れば、絶対に邪魔してくるだろう。
遠坂の事だから、これ以上俺に引っ掻き回されたくないと思っている筈だからな。
そんな事は百も承知の上で、それでも俺自身の意思でそれを為したいと思っている以上、止めるつもりはないのだ。

何といっても、これが成功するかどうかで、今後の行動がかなり変わってくるのだから。

そんな事は全くおくびに出す事無く、それまで思案している素振りをしていた俺はアーチャーの顔を改めて見返した。
まだ、先程の言葉への返事をしていない事も踏まえつつ、どう切り出すか迷う。
やはり、色々と思案を巡らせて言葉を選ぶよりも、ストレートに内容を切りだした方が良いよな?
アーチャーの性格なら、それでもこちらの意図を読み取ってくれる事は間違いないけど、やはりこちらの意図を深読みされる可能性が全くない訳じゃないし。
そう判断を下すと、俺はまっすぐにアーチャーの目を見ながら口を開いた。

「そう……だな、うん。
アーチャーの意見は尤もだし、寧ろすんなり信用して貰えるなんて思っていないから、それで俺は構わないよ。
嘘をついているつもりはないけど、話の内容なんて人によって主観が違えば、受け取り方が変わるのは当たり前だし。
でも、協力してくれるって申し出はすごく助かる。
この世界へ来たのは偶然だけど……俺の世界で【聖杯戦争】を経験して色々な事を知っているからこそ、絶対にやるべき事がある事に気が付いちゃったし。
もちろん、これは遠坂や【衛宮士郎】にとっても重要な意味を持つ事だから、もう少しして協力してもらそうだと判断したら、俺から事情を全部話す。
その為にも、俺のこの目的を果たす前段階の準備として、どうしても協力して欲しい事があるんだ。」

そう告げた上で、俺はアーチャーへと協力して欲しい事を説明していった。
最初こそ、「なんでそんな事に協力する必要がある」といった様子だったアーチャーだけど、順を追っての俺の説明を聞くうちに、状況を理解したのか渋い顔になる。
俺が説明していく内容に、とんでもない事が幾つも含まれていたからだろう。

本当は、どうしてもそれを実行する必要があるかと言われると、実際はそこまでではない。

本当は、どうしてもそれを実行する必要があるかと言われると、実際はそこまでではない。

アーチャー自身、その事に気が付いていたようだったけど、あえて指摘しては来なかった。
多分、俺がどうしてそんな真似をするのか、その意図に気が付いたからだと思う。
何より、だ。
普段の言動は厳しくても、根本的な部分でアーチャーは人が良いから、放っておけなかったんだと思う。

「……それじゃ、協力してくれるって事で良いかな?」

説明が終わった後、アーチャーに改めて返事を求めた。
こうして念を押すのには、ちゃんと訳がある。
確かに、アーチャーは俺に対して「一つ協力しても良い」とは言ったけど、それはこの件でなくても良いのだ。
故に、アーチャーには俺の協力要請を断る権利がある。

だからこそ、きちんとアーチャーの口から返事を聞かない訳にはいかなかった。

そんな俺の問いに、アーチャーは小さく肩を竦めた。
俺が念を押す意味を、アーチャーも理解したからだろう。
それでも、既に協力する事を決めてくれていたのか、あからさまに溜息を落とし。

「確かに、お前一人でも何とか出来るだろうが、な。
失敗した場合、それこそ色々な意味で後が面倒だからこそ、早々に私に協力を求めたのだろう?
ならば、私はその期待に応えるとしようか。
これに成功すれば、このままだと確実に敵対するだろう相手の戦力を削ることにもなるのだからな。
そういう訳で、だ。
この件に関してのみ、完全に協力関係を結んでやるとしよう。
それで良いな、アレクサンデル。」

念を押すような問いかけに、俺も頷く事で同意する。
たった一度の、アーチャーから助力を得られるチャンスをこんな風に使うのは、ある意味勿体無いと言うかもしれない。
それでも、俺にはこの行動は大きな意味を持つのだから、仕方がないだろう。

何より……目的が無事に果たせれば、アーチャーの言う通り敵方の大きな戦力ダウンへと繋がるのだから、問題はない筈だ。

そう俺は思いながら、これからの行動に関して簡単にアーチャーと打ち合わせをしていく。
レイラインを繋いだマスターと英霊の関係じゃない以上、ある程度の事前の打ち合わせは必須だった。
これをせずに無計画で行動するには、目的を果たす対象が厳しすぎると言う理由もあったのだが。


*******************


無事に話し合いが終わった事に安堵しつつ、俺は結界を解いて居間で待っているだろう士郎たちの元へと足を向けた。
俺の後ろには、これからの事を考えて色々と対処法を練っているらしいアーチャーが付いてきている。
結界を解いた直後に時間を確認したが、俺とアーチャーは道場に移動してから大体十分程度話し込んでいたらしい。
微妙に、俺が想定していた時間より早く終わっているものの、それでも余り気が長い方ではない遠坂辺りはイラついている可能性が高いだろう。

これに関しては、ほぼ間違いないだろうと言い切れる自信があった。

俺達が戻ると、遠坂がキツい視線を向けてきた。
やはり、こちらのやり取りの内容が判らないのが、気に入らないのだろう。
アーチャーには、最初の段階で俺との内容を知らせないように頼んだし、遠坂にも【これからアーチャーに話す事を、勝手に聞き出すな】と釘を刺しておいたからな。
勝手に聞き出した場合、アーチャーの真名と技やらなにやらこの場にいる面々に全部バラす、ときっちり警告しておいたからこそ、ああいう反応なんだろうと思う。

本当は、知りたくて堪らないのに、自分には教えないなんてマネをされて、気に入らないのは当然だ。

自分の英霊が、あからさまに自分に対して隠し事をされているんだから、気分が良くないのは良く判る。
俺だって、俺の世界のアーチャーに同じ事をされたら、かなり腹が立つだろうし。
だけど、それでも俺と遠坂では立場が違うから仕方がないと諦めて貰うつもりだった。

そう……俺と遠坂では、アーチャーとの立ち位置が違うのだ。

遠坂とアーチャーの間柄は、どんなに気易かろうとマスターと召還され使役される英霊……つまり、契約によって結ばれた主従関係だ。
それに対して、俺とアーチャーは同一人物を基盤に平行世界の可能性などが複雑に絡み合い、根源すら関わり合った結果の末に成立した【魂の双子】であり、何人にも切り離せない半身とも言える家族である。
遠坂が知らなくても、契約で為された主従より、半身である家族が優先されるのは当然の話なのだ。

マスターに従う英霊にも、知られたくない秘密は幾らでも存在するし、何もかも話さなくてはいけない理由もない。
まして、それが他人に立ち入られたくない部分に関わるなら、話さなくても当たり前であって。

故に、俺からもアーチャーからも先程の会話に関しては、必要性が感じられない限り話すつもりはなかったし、話したとしても必要最低限の部分だけにするつもりだった。

だって、俺とアーチャーとこの世界の衛宮士郎の関係は、かなり複雑怪奇だと言い切れる自信があるのだ。
さらに、そこへアーチャーの心情や俺の特異性まで加えたら、そう簡単に理解できるとは思えない訳で。
なら、わざわざそれを話して周囲を混乱させる必要はないと決めたのは、俺なりに判断した結果でもある。

大体、俺と士郎の二人だけなら、年齢差さえ除けば外見的な特徴はそれ程変わらないし、平行世界の同一人物だと言っても納得出来るだろう。
だが、そこに全く異なる外見のアーチャーが加わると、同一人物だと言っても信用し難くなるのだ。
俺自身、全部知っているからこそ納得出来るが、何も知らない状態でいきなり他人からそう言われたら、到底信じられないだろう。
それくらい、アーチャーと士郎では様々な点で違いすぎるのだ。

故に、例えマスターである遠坂でも、今回の話は簡単に明かすことは出来ない。
その事を、間違いなく遠坂は不満に思うだろう。
しかし、だ。
不満だろうが何だろうが、アーチャーの為にも士郎の為にも、今は伏せるべきだろう。

そう言えば、アーチャーは遠坂に令呪の縛りで、基本的に逆らえないんだっけ?

だとしたら、この場では何も言わなくても、後から家に戻った問い質される可能性もあり得るよな。
そのあたりに関してはも、きっちり釘を刺しておかないといけなさそうだ。
アーチャーも、多分簡単には口を割らないだろうが、その代価としてアーチャーの能力ランクが下がるのはいただけないし。
なにせ、セイバーの召還をもって、【聖杯戦争】は始まっているのだ。
ほぼ確実に、この後に待ちかまえているだろうバーサーカとの戦闘を皮切りにして、誰とどんなに状況で戦闘になるか判らない以上、戦力低下は可能な限り避けるべきだろう。

と、いう訳で、だ。
可哀想だけど、遠坂に対して全力で釘を刺させて貰うとしようか。

さっくり、これからの行動の一つを決めた俺は、みんなが待ち構えている居間へと、軽い足取りで進んでいく。
ぶっちゃけ、こういう時は開き直った方が楽だし、以外に図太くなれるんだよな、俺。
大体、黙っている事は沢山あるかもしれないけど、この場にいる面々に対して悪意がある訳じゃなければ、嘘をついている訳でもないし。
あくまで、ここから話を先に進めるのに、俺から見てどうしても必要だと思うことを選んで話しているだけだ。

俺の行動は、別に問題ないよな。
うん。

俺がそう判断を下すまで、僅かに三秒。
その間にも足を進めていたから、既に居間は目と鼻の先だ。
さて、ひとまず中に入って声を掛けなきゃいけないとして……どう切り出すかね。
んー……ま、良いか。
遠坂に対して釘を刺すのは、それこそ後からでもできる事だし、まず最初にやるべき事はランサーとの約束を果たす事だよな。
ついでに、例のコトを仕掛けておきたいし。

こういうのは、早めに動く必要があるだろう。

すっぱり開き直った俺は、サクサクと必要かどうか己の持つ情報を素早く判断しながら、不要だと判断した部分を切り捨てていく。
ある程度まで整理しないと、余計な話までしてしまいかねないからだ。
あくまで、平行世界の可能性の一つにしか過ぎなくても、自分が持つ情報がどれだけ重要な価値を持つのか、俺自身、ちゃんと理解している。

その点からも、余り不用意な発言をするつもりはなかった。

俺達が戻って来たことに、一番最初に反応したのは、遠坂とセイバーだ。
遠坂は、自分の英霊が戻って来た事への安堵と、俺達が話していた内容への好奇心から。
セイバーは、この中で一番の不確定要素である俺が、アーチャーと結託するのを恐れ、警戒した結果だろう。
そんな彼女達とは対照的なのが、ランサーと士郎だ。
ランサーは、この段階では【俺に食事を誘われた客】であり、あくまで部外者に近い立場だから、傍観に走っていると考えて間違いないだろう。
逆に、士郎は状況を正確に把握出来ていないからこその、無知から来る楽観だと丸分かりだ。

まぁ……今の士郎は、魔術関連の知識などを含め独学に近い状況だから、仕方がないといえるかも知れないけどな。

to be continues……?


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