☆★☆ 思わぬ形の再会 〜小十郎サイド〜☆★☆



俺の名は、片倉小十郎。
戦国時代に【奥州筆頭】と呼ばれた伊達政宗様の【右目】として生きた、あの【片倉小十郎景綱】の生まれ変わりだ。
その証拠として挙げるなら、俺はあの時代に奥州で生きた者にしか知らない事実を、幾つも明確に覚えている。

俺自身、自分が実は前世の記憶を持って生まれた事に気付いたのは、小学校の中学年になった頃だった。
いや……それは正しくないな。
小学校の中学年になったある時、急に全部を思い出したと言う方が正しいだろう。
そのきっかけは、隣に住んでいた親子が引っ越してしまったから。

何故なら……引っ越していった親子の内、己と幼なじみになるその子供こそ、己が前世で恋い焦がれながらも、お互いの立場故に結ばれなかった、愛しい相手だったからだ。

誰よりも愛しい者を、またお互いにどうする事も出来ない理由で手放さざるを得なかった事が、俺の中でこれ以上ない程大きな衝撃となり……
結果として、前世の記憶が呼び覚まされたのである。
その問題の隣の子は、前世とは違い俺よりも六つ年下の女の子だったのだが。
彼女の母はとても気さくな人物で、俺の家の隣に引っ越して来た時から俺の母と気が有ったからか、お腹の中に居る頃からの付き合いである。
しかも俺は、彼女のオムツが外れるまでの間、何度もオムツを変えるのは勿論だが、粉ミルクをほ乳瓶で与えたり、散歩や添い寝をするなど甲斐甲斐しく世話をしていた仲だったりするのだ。

今にしてみれば、家族でもない彼女をそこまで慈しみ世話をしていたのは、記憶が無くても己の最愛の相手だと無意識に気付いていたからだろう。

でなければ、周囲が呆れるのを無視してまで、彼女の世話をしながら側に居ようとはしなかった筈だ。
流石に、当時の俺は既に小学生になっていたので、彼女と一緒に過ごしたのは学校が終わってからだったが。
彼女の母は、女手一つで彼女を育てる為に水商売で生計を立てており、店に出なければならない夜の時間帯は、彼女と仲が良い俺の母の提案により、隣のよしみで俺の家で預かって居た。

その事も、俺の行動に拍車を掛ける要因だったと言っていいだろう。

多分……傍から見ていて、あきれ果てるほどに俺は彼女を育てる事にのめり込んでいたからな。
幼い彼女もまた、俺の事を兄を慕うが如く懐いてくれていたし。
だからこそ、そんな彼女が突然引っ越して離れ離れになったのが、前世で戦によって思いを実らせる事無く引き裂かれた自分達の姿に重なり、記憶を呼び覚ましたのかも知れない。

また、前世と同じ様に彼女を永遠に失いたくなくて。

その引き金を引いたのが、間違いなく俺自身だったから、余計にだろう。
でも、あの時あのまま気付かなかったら、命に関わる可能性もあったから。
だから、記憶が無かった俺は佐助の母に気付いた事をそのまま伝えたのだ。

【さーちゃん、あの男が来た翌日から暫くの間、顔から表情が無くなって笑わないんだ。
お母さん達は見落としてるけど、分かり難い場所に何か痕みたいなのがあるんだよ。
さーちゃん、服とかそこに擦れるの嫌がるから、どうしたらいいのかな?】

俺のその言葉を聞いた途端、佐助の母は佐助の身体を調べて。
それが嘘じゃない事を確認した途端、佐助の事をギュッと抱き締めながら、何度も【ゴメンねさーちゃん、お母さんが悪かったわ】という言葉を繰り返していた。
母でありながら、娘の異常に気付くのが遅れた事を、悔やんでの言葉だったのだろう。
その事実を教えた俺の頭を撫で、感謝の言葉を述べて自宅へと戻り……その三日後だった。

彼女が速攻で隣の家を引き払い、引っ越して行ったのは。

後から母に聞いた話によると、俺から佐助の受けていた虐待の事実を教えられたその日のうちに、立場的に【愛人関係】だった佐助の父と縁を切り、そのまま店に来る客の伝手で新しい家を見付けてしまったらしい。
慌ただしい形になった事に、一言詫びを添えながら事情を説明してくれたのだそうだ。
相手が面倒なタイプであるが故に、下手に引っ越し先を伝えらんない事もその時に言われたらしい。

特に、俺が佐助の事を教えた事を相手に知られると、危害が加えられる可能性もあるから、黙っているようにとも釘を刺されて。

俺達一家にそれだけ言い残し、彼女は佐助を連れて颯爽と隣の家から姿を消した。

その、余りにも見事な手際に、母達は感嘆の声を上げる以外には何も言えなかったらしい。
まぁ……その気持ちは判らなくはない。
佐助と共に、艶やかな笑みを一つ残して颯爽と去っていく後ろ姿を、俺は今でも覚えている。

同時に、俺は自分の無力さを呪ったのだから。

だが、確実にアイツが……俺の愛しい佐助が転生している事だけは、間違いなく確認出来たのだ。
ならば、後は俺がアイツを探し出して幸せにするだけ。
前世の分も合わせて、絶対に、だ。


**************

そう、心の奥で佐助に対して誓ってから、約十五年と言う年月が過ぎた。
残念な事に、俺の誓いは護られているとは言い難い。
何故なら、未だに彼女の事が見付けられていないからだ。

正直言って、俺は色々と甘く考えていた部分がるのだろう。

そもそも、お隣の親子の正確な名前……特に、名字を覚えていなかったのは、かなりの痛手だと言っていい。
あれだけ親しくしておきながら、どうして名前を俺が知らないかと言うと、それには幾つもの理由があった。
まず、名字に関しては、単純にそれを使う事が無かったのが一番の要因だろう。
俺の母も、彼女の母の事を下の名前で呼んでいたし。

何より、あの家の表札はローマ字表記だった。

当時の俺には、それを読み取るのが難しかったのだ。
頭文字が、【S】だった事だけは覚えているんだがな。
下の名前に関しても、彼女の母親が【茜】さんと言う事と、佐助のこちらでの名前が【さ】で始まる事位しか判らねぇ。
彼女の愛称が【さーちゃん】だったからな。
まぁ……佐助って男の名前じゃない事は確かだろうが、これだけの手掛かりしかないんじゃ、かなり探すのは厳しいと言っていい。

一応、身体的な特徴として、茜さんも佐助も共に髪の色が綺麗な橙色で、瞳が琥珀色だった事位は覚えているが、今はヘアカラーやカラーコンタクトで髪や瞳は色が変えられるからな。

だが、決して諦めた訳じゃねぇ。
この十五年間のうち、自分で行動するのが難しかった義務教育を終えた辺りから、本格的に手掛かりを求めて様々な行動を怠らずに邁進して来たと、俺は思っている。
中学卒業するまでだって、可能な限り自分の記憶を元に色々な情報を近所で収集していたしな。
高校から大学へと進む際に、彼女達を捜す合間に取れる資格は全て習得したのも、どんな事があっても即座に対応する為だ。

何も出来ないで居るのは、子供だったあの時だけで十分だからな。

そうして、俺は様々な節目に自分に必要だと判断した選択を繰り返していった。
あらゆる方面で努力を重ね、人との間に伝手を作りまくっていた俺は、中学校の時には政宗様の父君である輝宗様目に留まる事になり……
高校に上がる時には、前世と同じように政宗様と再会する事も出来た。

その際に、芋蔓式と言わんばかりに佐助の前世の主だった真田幸村や前田慶次などと再会した時は、本気で驚かされたがな。

どうも、俺達が住んでいた六棟が連なるマンモスマンションには、俺達の様な戦国時代の武将達が転生している確率が高いらしい。
あのまま、佐助と茜さんが引っ越さなければ、あいつもまた大切な主に再会出来ただろうに、運がねぇ。
正直、あの時の状況から考えれば引っ越さざるを得なかったのだから、どうする事も出来ないのだが。

この件に関して、俺はもちろんだが俺の家の面々も政宗様や真田達に告げてはいねぇ。

今世も俺の姉に生まれ変わった姉上ですら、佐助と茜さんの件を政宗様や真田達には告げなかった。
あの、嘘をつく事が嫌いな姉ですら、だ。
多分……言う事が出来なかったのだと、俺は思う。

当時の自分たちには、あの親子の為に何も出来なかったのだから。

その分、俺が彼女達を捜し出したいと告げた時に、呆れはしても反対はしなかった。
前世での【忍】だった佐助とは違う、愛らしい幼子を俺と一緒に生まれた時から世話をしたり遊んだりしていたのだから、それも当然だろう。
あれで、姉も小さな【さーちゃん】にはメロメロだったからな。

いや……違うな。
我が家全員が、隣の家の愛らしい【さーちゃん】にメロメロだったんだ。

だからだろう。
俺が【さーちゃんと茜さんを捜したい】と言いだした頃から、父と母はそれぞれその為に必要になりそうなものを用意し、姉は姉で彼女達を捜すのに色々なアドバイスをくれたのは。
むしろ、俺がそういった行動を起こすのが当然だという態度に驚いたら、あっさり言い切られてしまった。

【小十郎が、さーちゃんの事を捜そうとしないなんて、絶対にあり得ないと思っていた】と。

ここまで、俺の事を理解してくれている家族に対し、俺は言い様の感謝の念を抱いている。
普通ならば、ここまで俺に自由な行動をさせてくれる家族など、そうそう居やしねぇ。
その点だけでも、十二分に感謝してもしたりねぇと思っている。
色々と迷惑を掛けている分、俺は親に出来る限り収入の面で心配や負担をかけなくても済むように、色々と佐助を捜す合間に色々な資格を取った。

手に職を持ってるって言うのは、色々と就職に有利になるからな。

最終的に取った資格は、法律問題にぶち当たった時の事も考えて大学時代に受けた司法試験だったが。

その結果……今の俺の仕事は、弁護士だ。
政宗様が率いる、伊達グループの顧問弁護士を中心に、幾つかの企業の相談を受けている。
特に、面倒な相談を持ち込んで来るのは、俺と今世では同い年に転生した長宗我部元親だ。
小学校時代から、その存在は一応把握していた。

何せ、同じマンモス団地に住んでいたからな。

中学で再会した時には、あちらもしっかり記憶がある状態だったので、割と話は通じ易かったのが良かったのか、それとも悪かったのか。
あいつが現在手掛けている仕事の一つに、半ば強引な論理を展開された結果、手伝う羽目に陥っている。
いや……これが普通の仕事なら、まだ良かったんだがな。

あいつが展開している問題事業内容というのが、風俗関連なのが俺の悩みの種だった。

しかも、風俗でも入浴関連のサービスが伴う、アレである。
現在の風営法の関係で、新規開業が余り出来ないらしいそれらは、長宗我部の実家が長年続けてきた代物らしい。
なので、色々な方面と繋がっているらしいのだ。
そんな繋がりの中で、【少々問題があるのでは】と、事業を引き継いだ元親が考えたのが、普通の方法では借金の返済が出来ずに、その業界に足を踏み入れた女性達の事だった。

勿論、本来ならば、彼女達の家庭の事情までこちらが口を挟むのは、プライバシーに関わるのかもしれない。

しかし、だ。
こういうパターンの場合、借金をしたのが必ずしも当事者ではない可能性が存在する。
それは、家族の誰かだったり、恋人だったりと様々だが、当事者の場合も含めて一つだけ言える事があった。

こういう状況に陥っている場合、大概の女性が冷静に判断出来る状態じゃなくなっている事が多いのだ。

まぁ、こればっかりは仕方がねぇかもしれねぇと、思わなくもねぇ。
何故なら、な。
返済が出来ねぇ借金ってぇのは、殆どの場合が複数て借金を重ねて返済が滞り、返済請求が半端じゃない状況に陥っている例が大半だからだ。
しかも、借金を複数に重ねている場合でありがちなのが、真っ当な所で借りられなくなって、つい闇金で借りてしまっている場合も多い。
そうなると、もう返済請求は半端じゃない厳しさになる。
それによって、債務者は普段の冷静さを欠き、追い詰められた精神状態のまま【それしかない】と身を売る選択を下す訳になるのだが、元親の奴はそれを可能なら阻止したいと抜かしやがる。
自分から、望んでこちら側に踏み入れるならまだしも、借金によって冷静さを欠いた状態でこちら側に来られると、時として店に余計な被害を出す場合もあるから、余計にそう思うらしい。
特に、当人の意志ではなくこちら側に来ざるをえなかった場合、その状況を打破する為に善意の第三者が公的機関に相談し、結果として痛くもない腹を探られた挙げ句、違法行為だったなんて事になれば、営業停止処分になる可能性だって無くはない。

あくまでも、元親はサービス従業員として、正規の手続きを取って雇い入れただけだと言うのに、だ。

女性達が、この手の店に流れ着く状況は幾つか存在するが、その中に第三者の仲介によるものがある。
様々な問題を発生させかねない事例を含んでいるのが、この第三者による仲介だった。
要は、借金を重ねて返済が出来なくなった相手に対して、高額になり過ぎが借金を返済する手段の一つとして、適齢期の女性を差し出させるように誘導し、さも自分の意志であるかのように店に紹介するのだ。
これならば、後から問題が発生したとしても、それは契約を結んだ店側がきちんと雇う際に意思確認をしていないのが問題だと、逃げ道が残るからだろう。

ぶっちゃけてしまえば、その筋の人間が裏で糸を引いてる場合が多い為、元親側としても下手に藪を突く方が面倒な状況を引き起こしかねないし、何より被害者である女の子を余所に隠されてしまう可能性も高い。

そこで、元親はその手のトラブルを回避する為に、色々な調査を重ねた結果として、俺に依頼してきたのだ。
経営者として、出来る限りのトラブルを回避するものの、法の抜け穴を突かれてはかなり厳しいと判断したんだろう。
だからこそ、中学からの付き合いで弁護士である俺に相談を持ち掛けた。

彼女達が店に出る前に、弁護士として借金返済の手段として、他に方法が無いのか最終的な相談に乗って欲しい、と。

正直、この話を聞かされた時、受けるかどうかで悩まなかったと言えば、嘘になるだろう。
なにせ、相談者の借金の金額や置かれた状況、家族構成などをきちんと踏まえた上で、最善の方法を短時間で一緒に考えなくてはいけねぇんだからな。
それに掛かる事前調査だって、半端な手間じゃねぇ。
まぁ、借金の金額や当人や家族の判断次第では、返済の為に環境を整える必要があるが、その辺りは元親といつの間にか一口噛んでいた政宗様が、手筈を整えて下さる予定だから、その辺りは全部任せるとして、だ。

俺が迷ったのは、それとは別の理由だった。

どんなに手間が掛かっても、相談した結果として彼女達が別の方面に進むなら、別に問題はない。
問題なのは、相談を受けた女性がこのまま店で働く事を選択した場合、最初の客として相手をしてくれと言われた事だった。

確かに、彼女たちはこれから客を取って稼いでいくのだろう。
だが、なんでその最初の相手を俺が請け負う必要があるんだ?
むしろ、こういう状況に落ち着いた段階で、俺はお役ご免になるのが筋じゃないのか?
そもそも、最初に俺が聞いた話の流れでは、あくまでも弁護士として彼女達への救済手段がないか、相談に乗るというものだっただろうが!
そこで、なぜその方向に話が変わる?

俺に付き合っている
相手が居ないから、その手の意味で不自由をしていると邪推されたなら、余計なお世話だ!

俺は、元々その手の類に関しては、佐助以外には淡白な方だし、別段困って居ないんだ。
どうしてもって時でも、大概自分の左手で済ませてしまうから、本気で余計な気を回すなと怒鳴りつけてやったのだが……

返って来たのは、心底呆れたと言わんばかりの視線だった。

そんな視線で見られるのは、男して不本意だった。
誤解無いように言うが、今世に置いて全く女性経験が無い訳ではない。
大学時代は、後腐れが無い相手を選んだ上で、それなりに遊んでいた。
もちろん、佐助の事を忘れた訳では無いが、いざ佐助を見つけ出して致す事になった際に、前世の記憶だけでは心許なさすぎる気がしたのだ。

何せ、まともにその手の行為の知識を上げて置かないと、色々と恥を掻きそうだと思ったんだよ。
避妊一つを取っても、現代と過去では大いに異なるからな。

いざ、佐助と致すことになったは良いが、途中でコンドームの一つも填めるのにもたついていたら、男として格好がつかねぇだろ。

今世の佐助は女で、避妊もせずに直接中に出したりしたら、そのまま孕む可能性もある。
嫁にしちまった後なら、それは喜ばしい状況だから問題ないが、未婚の場合は違ってくるからな。
俺としては、佐助との子供は早く欲しいと思うが、まだ未成年の佐助だから色々と遊びたい盛りだろうし、結婚も含めて佐助の意志を尊重してやりてぇ。

子供が出来たら、産まれてある程度大きくなるまで、母親ってぇのは自由が利かなくなるからな。

だからこそ、佐助と共に気持ち良くなれる上、避妊などを失敗しないように様々な経験値を上げていたのだ。
そう、あくまでも佐助の為であって、それを好きでもねぇ女を抱く為に応用したくなんざねぇ。
俺が佐助を捜している事を、長年の付き合いで知っている筈なのに、なんでそんな罰ゲームのような仕打ちを俺に示唆してきやがる。

流石に腹に据えかねて、政宗様と元親の野郎をキツく睨み付けてやれば、苦笑しながら理由を説明した上で、最後の部分の一部を訂正してくれたのだが。

二人に言わせると、こういう事だった。
佐助の母である茜さんが、未だに夜の街に生きる水商売の女性なら、もしかしたら相談を受ける女性が知っている可能性も無くはないだろう。
全くの素人ばかりが、来る訳じゃない。
水商売の収入では追い付かず、この店に来る者もいる。
だから、その辺りの話を聞き出し易い状況にする為には、どんな状況でも親しくなった方が良いだろうと言うのが、彼等の主張だった。
まぁ、更に付け加えるなら、俺の欲求不満を効率良く解消出来るだろうとも言われたが。

彼等なりに気を使った結果だろうが、余計なお世話だと言わせて貰おう。

先にも上げたが、俺が女性関係で【やんちゃ】だったのは、知識を欲した若い頃であって、今は違う。
いや、昔だってそんなにムチャクチャな事はしてねぇ筈。

なのに、なんでこんな風な気の使われ方をされなきゃならねぇんだ?

憮然としている俺に、政宗様たちから改めて提示された条件は、まず女性に店と契約するか本人の意志を確認する事。
その上で、俺の好みから外れて居ない場合、さらに意志確認を取り【初めての客】として希望されたなら、俺が彼女達の相手をするというものだった。
まぁ、これならば俺も女性達も強制される訳じゃないから、承諾出来ない訳じゃねぇ。

つぅか、俺の方が【好みじゃない】という事にして、最初の段階で条件を提示せずに跳ねてしまえば済むし、な。

唯でさえ、こんな場所に出入りしている所を、まだ再会してすらいない佐助に見られでもしたら、誤解されかねないというのに、言い訳出来ない状況を自分からつくるつもりは欠片もねぇ。
そもそも、俺はやんちゃだった頃は別にして、愛もなく相手を抱ける性格じゃねぇから、無理に相手をしてもその気にならず、返って不名誉な誤解をされそうな予感しかしねぇんだよ。
まぁ、俺に対する虫除けになるなら、多少……いや、かなり不本意ではあるが、それでも構わねえと思う自分が居る事に、驚きつつも納得していた。

それ位、俺は佐助しか欲しくねぇんだ、と。

せっかく政宗様と元親が作ってくれた機会なので、有効に使わせて貰うのも忘れるつもりはねぇが、な。
こうして、店に売られて来た女性達に最後の相談のチャンスを与えつつ、俺は佐助を捜していた。
途中で、俺が政宗様達の無用な好意を受け流し、女性達を相手にせずに袖にしている事に気付かれてしまったが、あくまでも【好みから外れていたから】という主張を押し通した。
こればかりは、実際に女性の相談を受ける為に顔を合わせた際に、【やはりその気が起きない】と、瞬間的に思ってしまったのだから、仕方がないだろう。

そんなこんなで早数年。
元親も今の家業を安定させ、俺は俺で顧問弁護士の仕事もきっちりこなしつつ、元親の店に流れて来る女性達の相談に乗るという生活を続けていた。
佐助に関する手掛かりは、未だに一つも手に入れられずにいたが、元々長期戦を覚悟していた事だからそれ程焦りは感じていねぇ。
むしろ、焦るあまり仕事で凡ミスなんて事態を引き起こす方が怖いので、精神的にゆとりを持って仕事にあたるようにしている。
特に、元親ん所の店の女性の相談は、相手が精神的に追い詰められているケースが多いから、こちらはどっしり構えて言いたい事を言わせてやるつもりで、ゆっくり時間を掛けて話を聞かなきゃならねぇだろう。
追い詰められいる状況だと、頭ん中がこんがらがっている上に、【これしか無いのだ】と思い込まされているからな。
俺の仕事は、その辺りを誤解させないように分かり易く説明して、状況に応じた対応で債務を完済し易い環境を提案してやる必要があるだろう。
但し、俺がしてやるのはそこまで。
そこから先の選択は、債務者である当人が決めるべきだからだ。
もちろん、戸惑い迷う彼女達の為に、相談にのる事は幾らでもするが、あくまでも相談にのるまで。

それ以上は、こちらが決める訳にはいかない。

何故なら、相手にこちらの都合を強制したと、後から言い出されたら面倒な事になるからだ。

あくまでも、こちらは善意でのボランティアに近い物であり、それは受け取る側に強制するものではない。
それ以上は、依存を産む可能性もあるからだ。
故に、受け取る側に幾つかの道を示しはしても、最終的な選択に口を挟む事はしないのが、この話の前提だった。

ま、面倒くせぇと思わなくもねぇが、自分の意志を明確に持てねぇままじゃ、どこに行っても迷惑しか掛けねぇからな。

そう考えながら、俺は元親が用意した部屋で、今夜の相談相手の資料に目を通す。
手元にあるのは、女性に関する年齢や外見の特徴に、今までの借金の状況やその経緯だ。
女性本人の写真の有無は、その時の状況であったり無かったりだった。
今回は、写真はついていない。
事前に用意できなかったのか、わざとしなかったのか。

多分、前者だろう。

ざっと資料を斜めに見た限り、どう考えても連れて来られた少女には、借金返済の義務は発生しなそうだからだ。
いや……それ以前に、記録に書かれた二つの少女の生年月日のうち片方の年齢だと、【児童福祉法】に引っ掛かる。
ここに連れてきた経緯によっては、更に【未成年略取】も引っ掛かってくる。

そもそも、生年月日ってぇのは二つも有るもんじゃねぇだろうか!

二つある理由は、少女を引き渡した当事者である父親(と呼ぶのも腹立たしいゲス)が記録したものと、こちらが急ぎで調べた住民票に記載されていたもの。
言うまでもなく、出生届に間違いがない限り、公的書類に記載ミスは有り得ない訳で。
それだけで、彼女と父親の関係が殆ど繋がっていない事を示すのには十二分だと言っていい。

畜生、元親の奴とんでもねぇハズレを引きやがって。

状況を理解した瞬間、俺は内心で悪態をつきながら思い切り舌打ちした。
同時に、資料を握り潰さんばかりに握り締め、髪をバリバリと掻き回す。
資料を読み進めるうちに、現状がかなりマズい状況だと判ったからだ。
机の上の灰皿と煙草を引き寄せ、苛立ちを抑え込みながら煙草を一本取り出すと、そのままライターで火を付ける。
半分程一気に灰にすると、吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出した。

苛立ちが完全に消えた訳では無かったが、それでも一服したお陰である程度精神的には落ち着けたと言って良いだろう。

さて、どうしたものか。
どう考えて、僅かにこちらが立ち回りを間違えた瞬間、この店は営業停止の上に、経営者の元親自身がお縄に掛かる重罪だぞ、これは。
最悪、俺だって弁護士の資格を剥奪され兼ねない。

ただ、こちら側に有利な点があるとすれば、今の段階でこちら側の店員は一切問題の少女と接触していない事だろうか。

そう……今回、店側は指定した場所に少女が運び込まれるのを、ただ受け入れただけだ。
元々、企業資金としての借金だったが故に額が半端ではなく、まともな方法での返済は望めない状況だった。
返済に困った父親が、認知だけした娘を返済の代わりとして売り渡したのは、闇金の中でもかなり悪辣な所だと資料に記載されている。

元親が、かなりヤバい橋を渡る事を承知の上で、彼女をうちの店に受け入れた理由は、多分これだろうな……

目を通した資料の中の、元親が譲り受けた闇金に関する記載を睨み付けつつ、俺はもう一度溜め息を吐いた。
もし、元親が闇金側に借金を全額払い込んで、奴らの元から彼女の事を掬い上げなかったら、ほぼ確実にヤバい薬漬けにされた揚げ句、死ぬまで使い潰されていた可能性がかなり高い。
これは、裏社会に繋がる奴らが相手なら、ほぼ確定事項だと言えるだろうな。

元親は、まだ未成年の域から脱していない少女が、そんな憂き目にあうのが許せなかったのだ。

方にかかわる者として、俺も元親の気持ちは良く判った。
まして、彼女の年齢が最愛の【佐助】と同い年なんて状況なのだ。
とても他人事だとは、俺には到底思えなかった。

「……彼女の名前は……【渋瀬戸桜】…か。
とにかく、まずは直接会って話し合いだな。
借金云々よりも、まずは彼女の状況を本人の視点できちんと確認しておかねぇと、それこそこっちの命取りになり兼ねねぇ。
できれば、彼女の身柄は保護した上で、借金を作った張本人の方を【児童福祉法】違反で警察に通報するか。
少なくとも、このお嬢ちゃんが自分を売り飛ばした父親を庇う意思を見せなければ、だがな。」

丁度切り良く二本目の煙草を吸い終わったので、この足で彼女が現在この店の中で滞在している部屋へと向かう事にした。
面倒な事は、先延ばしにする方が面倒さが増す事が多いからな。
状況説明の為にも、調べ上げた資料を一緒に持っていく必要がある為、机の上に散らかしたそれらをもう一度一纏めにした所で、一番最初の彼女の身体的特徴の項目へ何となく目を向けた。

「……へぇ、オレンジに近い茶髪に、琥珀の瞳、か……」

まるで、自分が捜している少女と同じような特徴が記されているそれに、頭の端で一瞬【もしかしたら】という言葉が浮かぶ。
が、あの茜さんが側にいて、父親を名乗る男のこんな横暴を許すとは到底思えなかったので、まず【あり得ない】だろうと即座に否定した。
それでも、ここまで自分の思い人に似通った境遇の少女に、同情の念が浮かばない訳では無く。
出来るだけ、彼女にとって最善の結果をと考えつつ、自分の事務室を出て薄明かりの廊下へと足を踏み出した。

割とゆっくりとした歩調で廊下を進んで居たのだが、彼女が居るだろう部屋に向かう途中、ふとある事に思い当たった俺は、携帯を取り出すと速攻で元親に確認の為の連絡を入れた。

『……どうした、片倉。
何時もなら、もう面接に向かってるだろうに、わざわざ携帯に連絡して来るなんざ、何が問題でも起きたのか?』

普段なら、この段階では有り得ない俺の連絡に、携帯から聞こえる元親の声も低くなる。
それに対し、俺は溜め息を漏らしながら、元親に対して手短に状況を説明した。

「正直、手元の資料を見る限りじゃ、いつこっちが訴えられたとしても、それに対しての反論は難しいな。
まず、相手がまだ未成年ってぇのが問題だろう。
この段階で、『児童福祉法』違反だ。
更に、当人の意志を無視して無理矢理連れて来た場合、『未成年略取』も適用されちまう。
もし、未成年じゃ無かったとしても、だ。
当人の同意無く、無理矢理ここに連れて来た段階で、『略取』、つまり誘拐になるからな。
どっちにしろ、これから会う相手の反応次第じゃ、覚悟しておいた方が良いだろうよ。」

俺の言葉に、携帯の向こうで息を呑むのが聞こえた。
まぁ、無理はないだろう。
いきなり【誘拐犯にされかねない】と示唆されたら、誰だって同じ様な反応を返してもおかしくねぇ。

『未成年略取』つか、誘拐にはならないんじやないのか?
一応、親から引き渡されたのを運んだって聞いたぜ、俺は。
なら、親の公認は出てるぜ?』

反論してくる元親の言葉を、俺はあっさりと切って捨てた。

「残念だが、それも適用されねぇ。
問題のお嬢さんは、な。
件の父親に、一応は認知されているみてぇだが、長い間ずっと遠くで離れて暮らしていた上に、まともに養育費も払わずにいたみてぇだからよ。
そもそも、子供に親の借金の返済義務が発生するのは、その親が死んで相続放棄をしなかった場合のみだ。
生計も別で、借金した当事者である親が存命なら、部屋で待ち構えてるお嬢さんは無関係だ。
そんな相手に、こっちの商売はもちろんだが借金の返済を求めたら、逆にこっちが訴えられるぞ、長宗我部。」

俺の言葉は、やはり長宗我部にとって止めに近いモノだったのだろう。
今までとは違い、なかなか返答が返ってこない。
もっとも、俺はそんな元親の反応を予想済みだったので、気にする事無く話を先に進めた。

「とにかく、お嬢さんに関しては身柄を保護する方向で話を進める。
ただ、その前に確認しておく必要があってな。
こっちの店の関係者は、今から状況説明と解決策の提示を行なう予定の俺が会うのが最初で、それ以外はお嬢さんに一切接触はしてねぇってのは間違いねぇな?」

俺の念を押すような言葉に、元親は当然だと言うようにすぐさま返事を返してくる。

『あぁ、それは間違いねぇ。
詳しい話は聞かなかったが、どうも向こう側も急に大金が入用になったみたいでよ。
うちは、女性を引き取る際に借金の全額を肩代わりして側近で支払うだろう?
今回の一件は、向こうから話があったのをそのまま引き取ったんだ。
詳しい書類がFAXで届いたのはお嬢さんが運び込まれる予定時刻の暫く後で、その資料の頭のデータを元に住民票を取り寄せられたのが、片倉が来る10分前でよ。
ざっと目を通しはしたが、俺が詳しいチェックをするよりも法律に詳しいあんたが呼んだ方がいいと思ってそれ程読み込んだ訳じゃねぇ
お嬢さんが運び込まれた部屋も、いつもそいつらが女性を運び込む際に使う、鍵を渡してある場所だしな。』

なるほど、確かに色々と面倒を避ける為に、一つだけある外との息気が出来る部屋の鍵を、件の相手に元親の奴は渡していたな。
但し、いつでも好きな時に鍵が使える訳ではなく、指定した日時の間だけ鍵が開くようにセキュリティが組み込まれているようだが。
今回も、そこを使って闇金業者が彼女を連れて出入りしたと言うのならば、未成年かどうかの確認を本人にまだしていないと言う理由も成り立つな。
そんな風に、事態の収拾についてばかり考えていた俺は、欠片も思いもしなかったのだ。

そう……元親が部屋の中に居る少女に対して、これから俺が行く事をどんな風に状況を説明したのかと言う事を。
これから向かう先に待ち構えている、衝撃的な光景などを。

目的の部屋の前に辿り着いた俺は、ゆっくりと息を吐いた後で軽くドアをノックする。
中に居る少女がどう思うか判らねぇが、それでも部屋を訪ねる差にはまずノックは基本だろう。
なにせ、こっちはこれからかなり武の悪い交渉に入る必要があるのだ。

第一印象は、交渉事において重要だからな。

中から返事は無かったが、それでも中に居る人の気配が僅かに緊張を帯びたので、お互いに臨戦態勢に入ったと考えて良いだろう。
とにかく、俺の役目は店にや元親はもちろんだが、これから相対する少女にとっても最善の結果を交渉によって引き出す事だからな。
そう考えながら、ゆっくりとドアを押し開いて中に居るだろう少女へと視線を向けた俺は、そのまま何も言えずに固まった。

そんなもん、当然だ。

視線の先に居たのは、しどけなくベッドの上で上半身を起こし壁に凭れ掛る、全裸の少女だったのだから。
一応、胸元は長く伸びた髪が掛かる事で、腰のあたりはシーツがギリギリ掛かっていて隠れてはいるが、何も身に付けていない事は確実で。
その事実にも驚いたのは確かだが、それ以上に俺が驚愕のまま動けなくなった理由は別にあった。

見るからに艶やかな橙色の髪も、潤み蕩け落ちそうな琥珀の瞳も、幼いころの面影が残る愛らしい花の顔も、透き通るような白い肌も全部、目の前の少女が俺の最愛の佐助だと言う事を示していて。

一体、何があって佐助が……俺の愛しい彼女がこんな状況に陥ったんだ?
そもそも、何で全裸なんだ?
一体誰が、何の権利があってこいつをこんな風に脱がしやがった!

どう見ても、全身に何か塗りつけられてるのが判るって事は、誰かがこいつに触れたって事だよな?

そう考えただけで、腸が煮え返る気がした。
俺の誰よりも愛しい佐助に、勝手に触れた相手がいる事に。

そう……余りの状況に、俺は嫉妬のあまり怒り狂えばいいのか。
冷静に状況を説明して今後の対処を考えるべきなのか。
それとも目の前の余りにおいしい状況を受け入れ、佐助の事をおいしく頂けばいいのか。

俺は答えが纏められず、部屋の入り口で困惑したままその場に立ち尽くしていた。



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