☆★☆ 龍神さまと幼い忍びの卵 ☆★☆



それは、戦国と人々から呼ばれる時代。
昔に比べ、人々と神仙や妖などの繋がりは薄れてきたものの、それでもまだこの地には護りや祟りが存在していた頃。
そんな日の本の中で奥州一帯の土地と民を守護する龍神には、幾つかの楽しみがありました。
通常、龍神なら持ち得ている水と雷の力以外に、豊穣を司る大地と涼やかな風の力も持っていた龍神の事を考えると、それこそささやかな楽しみです。

それは、実を結ぶ作物や花々が育つ様を見るべく自らの社の傍に作った畑を好んで耕したり、風が拾う囁きの中に笑い合う民の声を聴く事でした。

なぜ、それが楽しみなのかと言うと、それにはちゃんと理由がありました。
その気になれば、自らの身に宿す力を与えて大地に成長を促して作物や花を開かせる事も出来ます。
ですが、龍神はそれをするつもりはありませんでした。
普通の人々のように手を掛けて畑を耕す事で、自分が守護する奥州の土地に住む人々への畑の実りがどれほど行きわたるのか、実際に経験して確認する為です。

それに……身体を動かして何かをする事が、存外楽しいと感じていたからでもありました。

風が拾う囁きの中の民の笑い合う声は、それだけ民たちがこの土地に生き生きと暮らしている事を示しています。
つまり、多くの民の笑い合う声が聞こえれば聞こえるほど、それだけ自分が守護している奥州が平和で満たされているのだと、実感できるのが嬉しいのです。
だからこそ、龍神にとってその二つの事が何よりも楽しみな事でした。

しかし……それがずっと続く事がないのが戦国の世の流れ。

楽しげな民の笑い声ばかりは、龍神の元に聞こえてきません。
戦国の世である以上、土地を治める領主たちは自分の領地を増やそうと戦に明け暮れ、民の嘆きになど耳を傾けたりしないからです。
あくまで、土地の守護するだけで人の治世にまで関わる事がない龍神は、それもやむなき事だと考えていました。

そんな龍神の考えに、僅かに変化が現れたのはそれから暫く過ぎた頃です。

人に見えない様に力を使いつつ、いつもの様に自分が守護する領域の池を渡り様子を見て回っていた竜神は、とても気を引くものを見付けてしまいました。
それは、まだ幼く小さな一人の男の子。
この辺りでは見かける事が無い、見事な夕焼け色と言える茜とも橙とも言える色合いの髪に、見事な琥珀色の瞳。
小さく細い手足は、奥州の民の娘たちよりも肌の色が白くて、どれ取ってもとても目を引きます。

そんな小さな幼子が、龍神が奥州の外れの土地を見まわる時に使う池の畔で飛んだり跳ねたりしていたら、龍神の気を引くのはある意味当然でした。

ただ……普通の子供が飛んだり跳ねたりしているのとは、どうやら訳が違うのだと龍神が気が付くまでにそれほど時間は掛かりませんでした。
少なくとも、子供の遊びとは一線画したものがあったからです。
龍神が見る限り、その子供の行動は何かの修行の様で……多分、幼子は忍びとなる前の見習いなのでしょう。
まだまだ拙い動きで、忍びの師と思しき人物の行動を一生懸命に真似て、飛んだり跳ねたり。

小さな幼子の様子を見ていると、思わず微笑ましい気持ちになってきてしまいます。

ついつい、その幼子の修行が終わるまで見守ってしまった龍神は、小さな幼子の事が気に入ってしまったのです。
なので、それ以来欠かさず幼子の様子を観察する事にしました。
もちろん、そうする事に決めたのにも、ちゃんと理由があります。

龍神が、欠かさずに幼子の様子を見守る事にしたのは、修業を終えた後の幼子の行動でした。

毎日、一生懸命に師の教えを学び飛んだり跳ねたりして修業を終えた幼子は、その日の終わり日が暮れる前の僅かの間を使い、龍神の訪れる池の前に通ってきているのです。
そうして訪れた池の前で、その日の修行の内容を反芻して反省したり、修業がうまくいかない事を嘆いたり、上手く出来た事を嬉しげに思い返したりしていきます。
龍神の事を知っている訳ではないのに、池の中にいる龍神に向けて語りかけるような行動をする幼子の様子を見るのが、龍神はとてもお気に入りになっていたのでした。

ですが……そんな時間はいつまでも続きません。

幼子の忍びとしての資質は、どうやらとても高いものだったらしく、日に日に修業は厳しく過酷なものになっていったようでした。
そうなると、最初の頃のように長く池の前で話したりしている時間は少なくなってしまうのも、また当然の結果でしょう。
更に変化が現れたのは、幼子が少年と言える年を迎える前でした。

幼子……いえ、少年の元に、他の幼子が修業仲間として現れたのです。

新たな幼子は、金色の見事な髪を持つ女の子でした。
自分よりも小さな幼子に、少年の意識が向くのは当然の事。
見る見るうちに、池の前に訪れる時間は少なくなってしまいました。
それでも、毎日欠かさず池の前にやってくる事をやめません。

龍神は、それだけで十分に満たされた気持ちになっていたので、不満を感じた事はありませんでした。

それに、龍神の池の元に訪れるのは、少年だけではなく妹弟子の少女も増えたのです。
二人とも、見ていて微笑ましい気持ちになるのは変わりません。
まだまだ見習いの幼い忍びの卵の姿に、龍神は癒されるような気持を抱きながら、のんびりと様子を見守っていくのでした。


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